つかまえて。
「薔薇の香りがする」
息を止めて魅入っていた私は、そう言われて思い出した。
今朝使ったシャンプーはホワイトローズの香りだった。
「……あの、篠田君」
「あ、ごめん。吉野さんの髪、触り心地がよくて。薔薇の花びらかと……」
冗談なのか本気なのか、よくわからない言葉を残し、すっと髪を放す。
「代わりに、こっちを借りてもいい?」
その台詞と同時に、バスが急ブレーキをかけて停車する。
はずみで飛んでいきそうになった私を、彼は片腕でふわりと抱き寄せた。
シトラスの香りに包まれて、私の頬に熱が集まった途端。
篠田君はくちびるを緩めたかと思うと、魅惑的な声で妖しく囁いた。
「──やっと、捕まえた」
-END-