ヘヴィノベル
保健室のひと時
 その日ずっと、前島美鈴は特に変わった様子は見せなかったが、明らかに俺と視線を合わせるのを避けているのだけは俺にも理解できた。やっぱり昨夜の本屋での出来事は夢でも何でもなく本当にあった事なんだと改めて感じたが、それを前島と話すのも変な話なので、俺も知らんふりをしていた。
 ようやく放課後になり俺は学校を出る前に保健室に寄った。俺は勉強がまるっきりダメな分ケンカには自信があって、校内でもしょっちゅうやらかして保健室のお世話になる事が多かった。
 そのせいで保健室の先生、園田先生というまだ若い、それもけっこう美人な人なんだが、その先生と妙に意気投合してしまい、今でもたまに用もないのに保健室に寄って話を聞いてもらったりしている。
 夏休みの課題のレポートで、2007年の総合ランキング1位のライトノベル「送り狼と香辛料」という経済小説を読まなきゃいけないんだが、園田先生が自分の持っている本を貸してくれるので保健室に来い、と言ってくれたからだ。
 この小説、未来の経済活動を担う若者世代の教育のバイブルだとか言われてて事実上の中学必修図書なんだが、俺には美少女にたぶらかされた商人が行く先々でぼったくり同然の商売をやっている話にしか思えないんだけどな。
 前に社会の先生にそう言ったら「社会人になって自分で金を稼ぐようになった時、ぼったくりの被害に遭わないために必要な知識なんだ」と言われて、こっぴどく怒られた。でも、園田先生だけは大笑いして「そこが面白いのよ、この話は」と俺に言ってくれた。そんな事もあって、俺は園田先生が変な意味じゃなく気に入っていて、今日も保健室へやって来たのでありんす。
< 5 / 50 >

この作品をシェア

pagetop