桜が求めた愛の行方

4.覚悟

『私は軽井沢には行かないわ』

さくらは予め田所さんから連絡をもらって
いたから、動揺せずに言えた。

『なんで?』

勇斗の瞳が怪訝そうに細められた。
ご馳走さま、と箸が置かれる。

『だってここはどうするの?』

『何もここを売ると言っている訳じゃ
 ない。ハウスキーピングか何かに
 頼めばいいだろ?』

『そんな事をしなくても私が残ればいいわ』

『俺と離れて暮らす事になってもか?』

彼も予め何かを感じていたのだろう。
いつもの彼らしく強引に言ってくれたら、
強気で返せるのに。

『……ごめんなさい』

居たたまれない気持ちを隠す為に、
お茶を淹れようとキッチンに逃げると、
背後から捕まえられた。

『さーくーら、どうした?』

抱き締めたまま、あやすように揺らされる。

『軽井沢に何か嫌な思い出でもあるのか?』

『…あるわよ。子供の頃にね、
 悪いことしていないのに
 馬小屋に閉じ込められたの』

『それは俺達の楽しい思い出だろ?
 まったくあの鷹は……』

頭の上で彼が笑っている。

軽井沢の改装計画の中に、母の再婚相手の
名前があると田所さんが教えてくれた時は、
何の嫌がらせかと思った。

でも話を聞くうちに、勇斗の計画に
必要な事がわかったから、仕方なくでも
納得したばかりなのに。

『あのね……』

いっそ勇斗に全て打ち明けられたら
どんなに楽になるだろう……
ううん、楽にはならないわ。
それどころか、彼を苦しめて私の事を
憎むに決まっている……
どうしよう……もう引き返せないほど
彼を愛してしまった……

『なんだよ?振られたとか、
 誰かに傷つけられた、なんて話なら
 聞かないからな!』

回された腕に力が込められた。
そう言って誤魔化してしまおうかと考えた。

『そうだって言ったら?』

『新しい思い出に塗り替えてやる』

ああ、もう……。
軽井沢であの人に会ったら
藤木さくらとして生きてきた自分が
崩れてしまうかもしれないのよ……

『ゆうと』

たまらず身体を反転させてぎゅっと
彼にしがみついた。
同じ力で返してくれる腕に
胸が張り裂けそうになる。

『離れて暮らすなんて言うなよ、な?』

頭のてっぺんに唇がつけられた。
本当は私だって離れて暮らすなんて
嫌なのに。

『怖いの……』

『誰がおまえをそんなに傷つけた?』

ううん、と首を振る。
弱い自分は嫌いなのに、これではダメ。
初めからわかっていたじゃない。
いつかその日がくることを……

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