桜が求めた愛の行方


『はい、どうぞ』

コトン、とコーヒーが置かれた。
勇斗は一口飲んで至福を味わう。
いつだって飲みたいと思うのは、これだ。

『そういえば、いつからこんなに旨い
 コーヒーが淹れられるようになった?』

『そんな大層なものじゃないわよ』

『んなことないだろ。いつもすげー旨いよ』

『ありがとう』

嬉しそうにするからもう一度チャレンジだ。

『何がおまえをそんな風にするんだ?』

さくらはカップを握りしめて、口を結んで
首を振る。

『さーくら、おまえにそんな顔されるの
 たまらないんだ。幸せそうに笑ってて
 くれないと、そのうち天国の要人さんに
 何かされそうだよ』

『私、勇斗の奥さんで幸せだよ』

『じゃあ、誰がおまえにそんな顔を
 させているんだ?』

『誰も……』

思い当たるのはあと一つ。

『……お義母さんか?』

『母は関係ないわ!!』

なるほど。
要人さんが溺愛している影に隠れて
気にすることはなかったが、
昔からさくらとおば様の関係が、
自分の家族のような母子には見えなかった。

忘れていたその事に気づいたのは、
結婚の時だ。
いくら再婚したからといって、
あんなに他人行儀なのはおかしいと
思っていた。
だから、軽井沢の件もさくらには話さず
山嵜さんと交渉する事にしたんだ。

『軽井沢のこと、おまえに嫌な思いを
 させたなら謝るよ』

『やめて!』

おいおい、
これは本当に核心をついたみたいだな。

『なぜそんな風に?』

『おねがい…やめて……』

絞り出すような切ない声は、俺の心も
切なくさせる。
ここで止めて抱きしめてやるんだ。
その命令をグッとこらえた。

『何があった?
 おまえを産んでくれた人だろ?』

『私なんか生まれてこなければ
 よかったのよ!!』

『なにっ?!』

想定外の展開に、びっくりした。
しかしそんな俺よりも、彼女の方が
自分の言葉に数十倍驚いている。

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