桜が求めた愛の行方
なに食わぬ顔をしてロビーまで来ると、
勇斗はこみ上げる笑いを堪えきれなくなった。

『信じられない!何を笑ってるの!
 それに誰が5年も待たせたのよ!
 しかもあの方は会長さんだったの!?』

ぷりぷり怒る女がこんなに可愛いと思うのは
初めてのことだ。
相手の感情ひとつに振り回される自分
なんて、これまであっただろうか?

『いいじゃないか、
 望み通り礼を失することにならずに
 出られたんだから』

長嶺会長は少し前に会った長嶺編集長の
父親でもある。
じい様とは昔から懇意にしているらしく、
協力してもらった際に一緒に紹介された
ばかりだ。
藤木のじい様と違い、
かなりユーモアのある人だと知っていたから
あんな行動をとったんだ。

『それとこれとは!』

『それより、せっかく着飾ったんだ、
 どこかで食事でもしようか?
 ほら、この間言っていたパリに本店がある
 あの店なんかどうだ?』

『え?いいの?』

途端にさくらの態度が軟化した。

この三ヶ月の間に気づいた事だが、
さくらは宝飾品より、食べ物で釣れる。
しかもデザート…チョコレートが好きらしい。

『それより、山嵜さんの店にするか?
 すみれおば様にも連絡して誘うか?』

『嫌よ!!それなら帰る』

これも同じく気づいた事のひとつ。
さくらは母親の再婚を許していない。
再婚相手の山嵜さんは、銀座でレストランを
経営している。
恐らくさくらは一度も行った事がないだろう。
要人さんから溺愛されていたから仕方ないかも知れないが……

『わかったよ、あの店にしよう!
 パリで食べられなかったチョコレートケーキ が食べたいんだろ?』

『覚えていてくれたの?』

花が綻ぶような笑顔をされて、
思わず顔が赤くなる。

『そんな喜ぶ事じゃないだろう』

照れる顔を背けた。
これじゃまるで中学生のガキだ。

『ううん、嬉しい……
 些細な事って本当は一番幸せなのよ』

『そうか』

こういうさくらは、たまらない。
抱き締めて思う存分口づけしたくなる。
この三ヶ月、何度それを押さえただろう。

『ほら、行くぞ』

今回も引き寄せた腕で抱き締める事はせず、
タクシーに押し込んだ。

あとどれくらい我慢できるだろうか?
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