嘘吐きな恋人
躊躇うように揺れたしろの手が、肩に触れた。
その体温を感じた瞬間、あぁもう駄目なんだと自覚する。


あたしは、きっと、離れられない。

どれだけもういいのだと、捨てたいのだと言い聞かせたところでできなかったのと同じで、きっとそれはこれからもできない。


「千沙」


ぎゅっとしろの手が背中にまわったと思った時には、しろの腕の中に抱き込められていた。
振り払えなかった時点で、あたしはこれを望んでいたのかもしれない。

そう思えば思うほど、自分が馬鹿みたいでしょうがなかった。

しろにとってこれはただ宥めているだけの行為で、たぶん、あたし以外の誰かにでもできることで。


なのにあたしには特別に思えて、胸がしまってしょうがない、だなんて。


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