不思議電波塔
と──。
逆行のワルトシュタインの音がゆっくりになる。
「第2楽章だ」
「この絵の中からピアノの部屋に行けそうな絵をひとつ選んでふれてみると、行けるかもしれないわ」
「そうだね」
「気になる絵があるんだけど。絵の中に絵があって、ピアノが描かれているの」
「どれ?」
「これ。──あら?」
忍はさっきまでそう描かれていたはずの絵を四季に見せた。
絵の額はあるが、絵の中の絵は無くなっていて、階段の絵になっていた。
「確かにあったはずなのに…」
忍は困ってその次の絵を見る。
「由貴が走ってるわ!」
「何処?」
「この隣りの絵。違う、そのまた隣りの絵に移ったわ!」
「本当だ。…あれ、立ち止まった。──由貴!」
四季は絵の中の由貴に叫ぶ。由貴はあたりをぐるりと見回した。
『四季?何処にいるの?』
「この塔の5階。この階からはこの塔の全階を見ることが出来るみたい。由貴がいるところはたぶん8階くらいだと思う。そのあたりに絵はない?僕、絵に向かって話しかけてるんだけど」
『ない。途中で絵はひとつだけ見かけた。絵の中にピアノが描かれていて、涼がふれると、涼、絵の中に吸い込まれて──。そこがピアノの部屋だったみたい。涼、何か出来ないか考えてみるって言って、俺を先に行かせてくれた』
「涼ちゃんがピアノの部屋に?」
『そう。──でも、晴の言っていた通りだ。ここから上の階段が全部崩れていて、先に進めない。たぶん上の階段がワルトシュタインの第3楽章の部分なんだと思う』
「弾き直したらそれだけ階段が修復するということ?」
『だと思う』
その時、ワルトシュタインの音が弱くなり、月光ソナタの美しいピアノが響きはじめた。
『涼…?』
「涼ちゃんだ」
月の光のような光が塔に揺らぎはじめた。
快い音色。
由貴も四季も忍もそのピアノに聞き入った。
疲れを癒してくれるような旋律が塔を包み込んだ。