桜の咲く頃に

二人の女子高生たち 4月4日

 約束の時間より30分送れて加恋がにんまりとした笑顔で入ってきたとき、千佳は「これは何かあるぞ」と思った。
「千佳、あんがとう! やっと裏ページのパスワードが見つかったよ! 千佳の教えてくれた通り言葉を数字に直すとOKだった。『いくじなし』が191074」
 向き合って座るなり、悪びれる様子もなく一気に言葉を吐き出した。
「え、と言うことは……」
「そう、千佳がオフ会に付き合ってくれるっていうこと」
 加恋のうきうき気分をよそに、千佳は表情を曇らせた。
「ところで、彼女遅いよね。来ないんじゃないのかなあ?」
 ふと思い出したように、加恋が洩らす。 
「ケータイで話した限りじゃ、まじめそうな感じだったんだけど……何か来れなくなった事情があるのかな?」
「でも、それだったら、普通連絡してくるよね。あたしだってさっきメールで知らせたんだから」
「じゃ、こっちからメール送ってみる」
 千佳がメールを打ち始めると、加恋はふと窓の外に目をやる。
 ハンバーガー屋の3階の窓際席からは、通りの様子がよく見える。
 ちょうど桜祭りの真っ最中で、本来なら捨てられてしまう、剪定された桜の枝が、店舗のウインドウディスプレイに使われ、可憐な花を咲かせている。
 高校生らしきグループが向かいのビルに入っていく。
 2階のカラオケ店にでも入っていくんだろう。
「春休み中も部活やってんだろうな」
 加恋がぽつりと漏らす。
 しばらく待ってもメールの返答が来ない。
「もう行こう。外に出たら電話してみようよ。ここでケータイで話すのってマナー違反でしょ」
 千佳は携帯をつかんで立ち上がる。 

 二人は人通りの多い広い通りからその細い路地裏に入る。
 昼下がりの飲食店街は、閉まっている店が多い。
「ここなら落ち着いて電話できるね。おっとっと」
 ガシャン!
 店の外に置かれた自転車は、加恋が軽くぶつかっただけで倒れてしまった。
「もしもし、神園さんですか?」
 千佳は降りたシャッターに寄りかかり、携帯の電話帳から電話する。
「はい、そうです」
 信じられないという表情で加恋を見る。
 昨日発信履歴から電話帳に登録した番号だから、間違っているはずがない。でも、声が別人なのだ。
 千佳は、どうにか動揺を声に出さないように努める。
「あの~、阿梨沙さんとは違いますよね? 4日前にこの番号に掛けて、阿梨沙さんと話したんですけど、阿梨沙さんは?」
「さあね」
 幾分ハスキーな声がぞんざいに答えた。
「あなた家族ですか?」
「そう言うあなたこそどなた?」
 今度は逆質問してきた。
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