桜の咲く頃に
 ウインドライダーの緊張感が一気に高まる。
 足場が悪くなった途端、チェリーフラワーは足がもつれ、息が上がる。
 結局、あの忌まわしい一本桜の前を通ることもなく、あの全身ずぶ濡れの白い着物姿の女に遭遇することもなかった。
 だが、常にあちらこちらから誰かに見られているという感覚が付きまとって離れることはなかった。

 滝に無事辿り着いた途端に、ウインドライダーのそれまで張り詰めていた緊張の糸がプッツリと切れた。
 寒そうにしているチェリーフラワーの目の前で、差し出されたペットボトルの水を一気に飲み干す。
 喉から胃にかけて一気に流れ落ちた冷水は、体全体にぞくっと凍るような感覚を染み渡らせていく。
「へへへ、今日の滝水の味はどうかな? 予定より早く着いたんで、時間潰しにいつもより多めに汲んできたんだけど、よかったらもう1本どうだ?」
 ハングマンがへらへら笑っている。
 ったく、どいつもこいつも……滝水だって知ってりゃ飲まなかったのに……何人もの死体が浸かってた水だぞ! 足が不自由じゃなかったらぶん殴ってやるのに……。
 ウインドライダーは心の中で毒突いていた。
「今夜は定例オフ会じゃないよ」
 チェリーフラワーがウインドライダーの耳にそっと囁く。
「それって、どういう……」
 ウインドライダーがそう言い掛けたとき、メリーラムの少しばかりハスキーな声が響いた。
「それじゃ、早速始めましょう」
 前回同様、てきぱきと参加者を紹介していく。
 それまで夕闇の中に潜んでいた、見知らぬ男が姿を現す。
 牛乳瓶の底のようなめがねをかけ、伸び放題の黒髪を首の後ろで束ねている。無精髭のせいかふけて見えるが、他のメンバー同様20代の若者らしい。
「さて、1週間ほど前からサイトで『リガルド』ってコテハンよく見かけるようになったでしょう? ダーク・ファンタジ―漫画からきてるんだって。リガルド君の一日も早く逝きたいっていう希望に応えるため、今夜臨時会を急遽開いたってわけ。リガルド君にとっては、今夜が最初で最後のオフ会参加になるよね」
 紹介された男は、口を開こうともしない。蒼白を通り越した真っ白な顔をして、ただこちらを凝視している。
「お別れの時が来ました。それじゃ、みなさん杯を持ってください」
 メリーラムが、一人一人の杯にペットボトルの水を注いで回る。
 これも滝水なのだろうか?
 ウインドライダーの脳裏を一抹の不安がよぎる。
 横目でそっと他のメンバーの様子を覗うが、誰も特に気にしていないようだ。
「今夜旅立つリガルド君の成仏を祈って」
 メリーラムの音頭で全員同時に静かに飲み干す。
 
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