桜の咲く頃に
 黒く見えだした木立の間に、夕陽が沈みつつある。
 林道脇の藪に隠してきた自転車が気になる。
 もしなくなってたらどうしよう? 歩いて帰るには寒いし遠いのに、暗くなれば足元も見えなくなる。
「さて、今夜の参加者の一人目は、オフ会初参加のタツヒロ君。漫画アニメファンならわかるかもしれないけど、タツヒロ君はいわゆるひきこもり」
 メリーラムのゆるく開かれた右手の指す方向へ、一同の視線が移動する。
 黒のパーカーのフードの中からぼそぼそと声がする。
「……朝早く目が覚めるのが、いやなんだ。近所の住民の声が聞こえると、自分の陰口を叩かれているような気がしてね。平日の昼間に何もしないで起きてるとね、背筋が薄ら寒くなるような悪寒が襲ってくるんだ。もうこれ以上ひきこもりの苦しみには耐えられないから、今日で終わりにするよ、いつも怖くなって途中で逃げてたけど」
 年齢不詳っていう感じだが、どうやらまだ20代の若者らしい。
 メリーラムは慣れた様子で、てきぱきと他の参加者を紹介していく。
「こちらはハングマン二世君。サイト開設以来オフ会の企画・運営を手伝ってくれてた、ハングマン君が不慮の死を遂げて困ってたところに現れたのが、ハングマン二世君」
 痩せこけた長身の男が、呆然とした様子で突っ立っている。
 それまできょろきょろと落ち着きなく泳いでいた視線が、一点に定まった。
「人数分わっかを作ったと思ったけれど、一つ足りなくなったなあ」
 頬骨の上でぎょろぎょろと光っている目には、黒のトレンチコートを着込んだ中年男が映っていた。
 一同の視線が注がれる中、男は固い表情を崩さない。
「あのおやじ何者かしら? 完全に浮いてるっていうか、場違いだよね」
 加恋が不安そうな顔をして千佳の顔を覗くと、心なしか緊張した声が返ってきた。
「もしかしたら、オフ会主催者を逮捕するために来たんじゃないの? 自殺を手伝うのって犯罪だから。加恋、何があっても、あたしたちここに隠れてよう。やっかいな事に巻き込まれるのはごめんだよ」 
 男の存在など気にも掛けず、メリーラムは続ける。
「もう一人今日会場設営を手伝ってくれたのが、同じく初参加のハヤト君」
 金髪に近い茶髪の男が、試合開始直前に名前を呼ばれた格闘技選手のように、左手を高々と上げた。 
「俺のコテハンもある少年漫画から取った。アニメにもなってるけどね。俺、衝動的に暴力を振るわないと情緒不安定になるタイプだから……」
 それまで黙って会の進行を見守っていた中年男の目が、めがねの奥できらりと光った。
 次の瞬間、メリーラムが独り言のように話し出した。
「あたしも同じタイプ。ただあたしの場合、自分の暴力癖を社会のために役立たせる方法を見つけたんだけど……」
 
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