いとへん
[紡]
文鎮の冷たさが私を罰する。
文鎮の重たさが私を戒める。
浮ついた半紙を押さえつけると同時に、私は己の欲を抑えつけた。
無情な固さが指先から浸透し、ざわついた心を沈め、白い世界に立ち向かう準備ができた時、ようやく、きつく閉じていた瞼を開いた。
私は白だけを見つめる。
そこに飛び込むことだってできるくらい。
さぁ、飛ぶの。
飛び込むのよ‼
私は[綴]と書くことにした。
初めの[くの字]、その出発点に迷うことなく筆を落とす。
一つ、
二つ。
すべてを絡める[糸]が出来上がる。
[ヌの字]を四つ。
一つは喜び、
一つは怒り、
一つは哀しみ、
一つは楽しみ。
それぞれ違った表情の[ヌ]が支え合う。
我ながらいい出来栄えだ。
これを師範代に見せたら褒めてくれるだろうか?
けれど。
言葉は要らない。絡みもいらない。
私は、あなたの[字]が欲しい。
私は[紡]と書くことにした。
出発点をあやふやに、とめを甘く、はねを優しく…。
出来上がった[紡]を師範代の前に差し出すと、師範代は眉を寄せて私の顔をうかがう。
どうやらうまくいったよう。
さぁ、私にちょうだい。
私に。
一つ咳払いをした師範代は、赤い墨で、私の[紡]に筆を落とす。
黒いくの字に重なり合う赤い糸偏。あやふやなとめを力強く、方の字をなぞられるのはまるで、身体中を愛撫されているかのよう。
最後のはねにかけて筆の速度が遅くなり、
遅くなり、
遅くなり、
私は深いため息を吐く。
深くて甘い、
ため息を。
[紡]。