鈴姫


赤子は円らな目で、月姫をじっと見つめている。


何も穢れを知らない赤子は母の腕に抱かれて安心しきっているようで、随分と落ち着いている様子だ。


月姫は赤子から鈴帝のほうに顔を向け、眉を下げた。


「ある国に、この子……笙鈴さまに関わる魔物が眠っております。目覚めれば、悪しき力で世界を脅かすでしょう。魔物を討つためには、笙鈴さまの短刀が必要です」


彼女がすらりとした指で示した先には、美しい短刀が刀掛台にその身を横たえていた。


「あの刀は……」


柄に桜が刻み込まれた短刀は、数少ない嫁入り道具の一つとして月姫が持ち込んだものだった。


「遠い昔、笙鈴さまが亡くなられてから数年後。翡翠色の瞳を持った美しい若者が突然庭先に現れて、この刀を残していったそうですわ」


そう言って、月姫は改めて鈴王と向き合った。


「わたくしはこの子のために命を絶ちます」


鈴王は目を見開き、月姫の肩を掴んだ。


「なぜ。君が死ぬなど……」


「刀には笙鈴さまの悲しみと憎しみが込められております。
血の味も知っているようで、一族は刀の狂気を代々鎮めて参りました。次の守り手はこの子。
しかしこのままでは刀はこの子に憑き、暴走するでしょう。それではこの子は幸せにはなれませぬ故、刀を封印いたします」


「だが、封印してしまっては、魔物を討てないのではないか?」


「ええ。そこで、あなたにお願いがあるのです」


月姫は苦しそうな表情で鈴王を仰ぎ、声を震わせて彼に告げた。


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