あの場面はどこに
 彼の本の中に、あのレストランの場面は出てこなかった。けど、別の知ってる場面があった。

 主人公の男性が恋を失った傷心の女性と出会う。男性は女性に恋心を抱く。偶然乗った電車の中で。

 男性は役者を目指しており、小さな劇団に所属している。電車に乗るのは、役つくりにと人間観察のためだった。そんな男性がいつしか一人の女性に心奪われた。その女性は平日この電車に乗るんだとわかり、通勤しているのだと認識した。

 相変わらずパッとしない端役しか巡ってこない秋の風が吹く頃、女性の沈んだ顔を見ることが多くなった。

 女が落ち込んでいる理由の大体は、男のことに決まっている。何があったのかと声を掛けようかと思ったが、できないでいた。

 男性は芝居の練習の休憩時に、女性がおかしなことをするのではないかと心配するようになった。

 そしてその矢先、女性の姿を電車で見なくなったのである。平日には毎日乗っていた筈なのに。

 どうしたんだろう。男性は心配でたまらなくなった。

 女性は一週間、姿を見せなかった。

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