あの場面はどこに
 十時を過ぎた頃、彼が赤い顔をして帰ってきた。お酒を飲んできたらしい。

「ご飯は食べてきたんだ。ごめん」

 私は、小説の場面を思い出して、ギョッとした。だって、小説の男性もこうやって荒んでいったんだもの。

「明日も飲みに行くの?」

「え?行かないよ。どうして」

「だって……」

「どうしたの」

 彼が私の手を握った。

「主人公はそうやって女と酒に溺れていったよ」

 そう言うと、彼はゲラゲラと笑い出した。

「あれは小説の中の話だよ。俺はそんなことしないよ」

「本当?」

「うん、本当。それより、読んでくれたんだね」

「うん。すごく良かったよ」

「ありがとう」

「あなたに言わなくちゃね」

「なにを?」

「答えは、YESよ」

 彼は、キョトンとしている。

「なにが?」

「プロポーズの返事よ」

「プロポーズ!?」

 彼の目がみるみるうちに大きくなって、まんまるくなった。
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