手を出さないと、決めていたのに
「さっすが小説家! キーワードだけでストーリーができちゃうのねー」
「……」
 姉は残り少ないオレンジジュースをストローでゆっくり飲む。昔はカフェオレが好きだった記憶があるが、飲み物の趣味はどうやら若返っているようだ。
「今はどんな小説書いてるの?」
「今は……まあ、暗い小説だよ」
「え、何? ホラー?」
「じゃないけど」
 姉は頑張ってと言ったわりに、香蔵正美の本はほとんど読んでいない。
「ふーん、大変だね……将来ずっと小説家でいるの?」
「まあ……売れる限りは。金になるからね」
「今くらい売れてたらもうずっと売れるんじゃないの?」
「わかんないよ、そんなこと」
 意味もなく腕時計を見た。自分で買ったロレックスは兄に見立ててもらった物だ。今でも自分に合っているかどうかは分からないが、これくらいしかマシな物がないので仕方なくつけている。
「次、いつ休み?」
 また食事がしたいなと、会いたいなという気持ちを込めて、聞いた。
「えーとぉ、あ、手帳忘れたー。またメールする。正美はいつでも大丈夫なの?」
「うん……今度できたら夜がいいなと思って」
「あー、飲みに行きたいねえ」
「うん……。ふ」
「兄さんも誘って奢ってもらおうか」
「……まあ、いいけど」
「自称、一番お金もちの人にお金を出してもらおう。よし、じゃあ今日中にはメールするから」
「うん……」
 姉の勢いに押されたが、もしかしたら、今日は少し退屈だったのかもしれない。
「正美はこれからどうするの?」
「どうって……どうも」
自分には自由時間ばかりで、限られた時間といえば、締め切りくらい。
「買い物とか行かないの?」
「姉さんは?」
 それ次第で返答しよう。
「私はこの後ぶらぶらして、家帰って一旦寝てから、ちょっと彼氏と会うの」
 そんな笑顔見せるほど、そいつのこと、好き?
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