デュッセルドルフの針金師たち前編

再会

朝だ、今日マメタンが来る。ほんとに来るのだ。
『俺の人生も決まったようなものだ』
オサムはそう思った。まだ心の整理がつかない。

昨日の黒髪よりも、おとといのポリスのほうが
強烈だった。空中に乱れ飛ぶケッテ、もみあう人ごみ、
叫び声、すごい緊迫感。オサムはやると決めはしたが

はたしてポリスに一度も捕まることなく無事やり通せ
るだろうか?大きな不安が心を覆っていた。

「俺のフィアンセが来る。しばらく一緒に暮らす。
それから二人で旅に出る」
と金都の皆に報告した。後釜はユースですぐに見つ

かるから皆フィアンセ大歓迎だった。小さい小姑娘、
クライネショウクーニャンだねとママも喜んでくれた。
そしてとうとうその時はきた。

定刻4時きっかりにマメタンは現れた。背中にでっかい
リュックを背負って、両手を挙げて改札口から出てきた。
オサムはいつものトレスコにパンタロン。手すりに片肘か

けてサングラス。とてもきざだがここは外国ヨーロッパ。
片手を挙げて、
「はーい!」

映画だったらここでひしと抱き合い、あいたかったと涙で
くれる場面だろうが、オサムは彼女の挙げた両手の右手だけ
をパタと叩いて、

「ついに来たか、ごくろうさん」

と言った。何かつっけんどんな感じだ。まだ心の準備ができ
ていないのだ。今はカリスマでもなんでもない。不安一杯の
針金師のひよっこだ。まだ一度も売ったこともない。自信も

確信もない。見れば背中に大きな”不安”の二文字がくっき
りと見えたかもしれない。サングラスをはずすと目の周りに
くまができている。疲れきっていたのだ。

「まあ、ゆっくり話すから」

彼女のリュックを担いでとにかく部屋へ。居間から寝室へ、。
壁一杯のケッテ。

「ええっ、すごいじゃない!」

さすが、彼女も驚きの声をあげた。

「ところが大変なんだよ」

重いリュックをベッドの上におきながら、オサムは大きく息を吸った。

「おととい俺の目の前で皆ポリスに捕まった。日本人の縁日
と石松という人二人はうまく逃げたが、とにかくすごかった」

オサムは作業机の椅子に座り腕をかけ、ベッドに腰掛けている。
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