Ghost of lost
「君って、まさか…」
「まさかってなに?」
「幽霊、なのか?」
 勇作の中に突然恐怖が生まれ、彼を包み込んでいった。
「分からない。でも、誰も私に気づかないんだよ。まるでそこにいないように私の身体を擦り抜けていくんだ」
 少女は訳が分からないといった口調で小首を傾げた。その表情は勇作の心を揺さぶった。ここ数年間、女性との接触がなかった彼にとって、彼女の見せた表情は愛らしさを感じさせるものだった。
 もはや勇作の中に恐怖心はなかった。目の前にいる愛らしい存在を勇作は優しく見つめた。年齢は十七、八歳くらいだろうか?長い髪を後ろで二つに結び、大きな瞳は濁りもなく勇作を見つめている。彼女の正体が何かは分からないが、不快感はなかった。むしろこのままここに居着いて欲しいとさえ勇作は思った。
「君はどこから来たんだい?」
 勇作の言葉に親しみがこもる。
「分からない、たまたま通りかかったら私が『見える』あなたがいたんだ」
 少女は応えた。
 どうやらこの子はなにも覚えていないらしい。勇作は少女に名前を訊いてみると、予想した通り彼女は名前すら覚えていなかった。(幽霊にも記憶喪失ってあるのか?)
 勇作はそう思った。けれども幽霊であっても元は人間なのだ。『死』というものが生者と死者を分けているだけでその本質は変わらない筈だった。だから生きている人間に起こることは支社に起こっても不思議ではない。「でも、名前が分からないというのも不便だよな」
「どうして?私は困らないよ」
「僕が困るんだ。これから君をなんと呼んだらいい?」
 その言葉で少女はこの部屋の主が彼女を住まわせることに同意したのだと感じた。
「それなら、あなたの好きな名前を付けてくれればいいよ」
 勇作は彼女の言葉通り、自分が昔好きだったアイドル歌手の名前を付けた。
 リサ、これが当分の間の彼女の名前だった。
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