ユアサ先輩とキス・アラモード
第四章
 二日後。真帆は目の下を黒くし、焦点の定まらない目で前を見つめながら学校へ向かった。老人のように背を丸めているので、ひどく具合が悪そうに見える。
(昨日もあんまり眠れなかった。一昨日だって寝れなかったのに……)
信号待ちで止まると、大きなアクビが出た。開けた口は、拳がすっぽり入ってしまいそうだ。ちょっとやそっとの睡眠不足ではない。
 両日に渡り、真帆は二時間ほどしか寝ていない。理由は、もちろん湯浅にキスされたから。どんなに考えるのをやめようとしても事あるごと思い出してしまい、日常生活や勉強どころか、睡眠まで阻害された。
 かくして本日、うら若き乙女とは程遠い、人生に疲れ切った中高年のようにくたびれていた。
(ああ、今日と言う日を無事生き抜けるだろうか?多分苦手な数学の時間は爆睡するだろうな。部活はちゃんとできるかな?大会が近いから練習頑張りたいな)
とたん、湯浅の顔を鮮明に思い出した。それもキスしようと近寄って来た時の顔を。
 一昨日はゆっくり、昨日は不意を突かれるようにキスされた。もちろん目は開けたまま。彼がまつ毛をかすかに動かした事さえ覚えている。
 真帆の体は一秒で戦闘態勢になった。心臓はバクバクと鼓動を打ち、体温は体温計を振り切るほど熱くなり、顔から火が噴きだしそうだった。
 『目はつぶるな、俺とキスした事を魂に刻み込め』
セクシーな視線とセリフを思い出せば、恥ずかしくて倒れそうだった。自分はふしだらな人間のような錯覚をした。
 すると、誰かが力強く右肩をつかんだ。びっくりして振り返ると、自転車に乗った部長の横尾が満面の笑顔でいた。
「おおっ、おはようございます。部長!」
「おはよう。なんだ、顔色が悪そうだな。朝飯ちゃんと食ったか?」
「ええ、まぁ……」
「妹の穂乃花はまだ小4だが、ご飯をおおかわりしていたぞ。中林は高1だ。それだけ成長したのに飯を食わなかったら勉強に身が入らないどころか、穂乃花のかわいさに負けちまうぞ」


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