クランベールに行ってきます


 ロイドは王子を好きだから、あるいは、結衣の反応をおもしろがって、からかっているだけだから、そう思っていたから、案外冷静でいられたのに。
 今度キスされたら、冷静でいられる自信がない。

 気持ちを落ち着かせようと、結衣は絵本をパラパラめくった。けれど、文字が読めないので、ちっとも絵本に集中できない。集中できない焦りが、益々心の動揺を煽り立てる。
 突然、研究室の扉が開き、結衣は弾かれたように顔を上げた。
 視線の先にロイドの姿を認めて、結衣の鼓動は高鳴る。

「ユイ、陛下がお召しだ」

 そう言いながら、ロイドはまっすぐこちらに歩いてきた。
 全然心が落ち着いていない。目の前までやって来たロイドの顔を見る事ができず、結衣は俯いた。

「おまえ、顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」

 額に触れようと、伸ばしたロイドの手を避けるように、結衣は素早く身を引いた。そして、ロイドを見上げると適当な出任せを言う。

「なんでもないの。ちょっとエロい事を考えて、恥ずかしくなっただけだから」
「は?」

 ロイドが怪訝な表情をする。あまりにも適当すぎる出任せに、自分でもげんなりした。
 すると、ロイドがニヤリと笑い、身を屈めて囁いた。

「考えるだけじゃなくて、体験したくなったら、いつでも協力してやるぞ」
「えええぇぇ——っ?!」

 結衣が思い切りのけぞって叫ぶと、ロイドは目を細くして、額をペチッと叩いた。

「いいから、さっさと行ってこい。陛下をお待たせするな」

 結衣はハッと我に返り、ロイドの後ろに目を向けた。扉の側にラクロット氏が控えていた。

「行ってくる」

 結衣は立ち上がり、ラクロット氏に駆け寄る。そして、一緒に国王の元へ向かった。

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