クランベールに行ってきます


 結衣がためらっていると、女の子は腰に手を当てイタズラっぽい笑顔で小首を傾げると、片目を閉じて見せた。

「もちろん、ラクロットさんには内緒です」

 なるほど、そういう事か。結衣は思わずクスリと笑う。

「じゃ、寄っていこうかな」
「どうぞ、こちらへ」

 女の子はにっこり笑うと、結衣を厨房の中へ招き入れた。
 部屋に入ると皆がそれぞれ笑顔で結衣に挨拶をする。王子は使用人たちに慕われているようだ。
 女の子に案内されて、厨房の隅にやって来ると机の上にカップケーキが並べられ、甘い香りを放っていた。

「どうぞ、お召し上がり下さい」

 勧められるままに手に取ったカップケーキはまだほんのりと温かかった。

「いただきます」

 結衣がケーキを頬張っていると、その様子を見つめながら女の子が満足そうに微笑んだ。

「お気に召しましたら、いくつかお持ち帰りいただいてよろしいですよ」

 おいしいお菓子は作るのも食べるのも大好きだ。結衣は思わず声が弾んだ。

「本当? じゃあ、ロイドの分と二つもらってもいい?」

 笑顔で尋ねると女の子は不思議そうに首を傾げた。

「あら、ヒューパック様は甘いものが苦手ではありませんか?」

 しまった。ロイドの嗜好までは聞いていなかった。結衣は苦笑して女の子に質問返しする。

「え……そうだったっけ?」
「ええ、何度かお勧めしましたが、断られました」
「そっかぁ、ボクの知らない事もあるんだね。ははっ……」

 結衣は苦し紛れに乾いた笑いを漏らす。

「じゃあ、ラクロットにあげようかな」

 上手く切り返したつもりになっていたら、女の子が苦笑と共に指摘した。

「それじゃ、よけいな間食した事がばれちゃいますよ。それにラクロットさんは今虫歯の治療中のはずでは……」
「……そうだったね。じゃあ、ボクの分だけにしておくよ」

 結衣はガックリと肩を落とした。どうしてあの人たちは自分の事を教えておいてくれないのだろう。

 ラクロット氏はともかく、ロイドについては一番気になる謎がある。
 どうして王と王子に信頼されているのか。厨房の人は知らないかもしれない。これについてはラクロット氏に訊いてみよう。今の時間ラクロット氏は王子の部屋の掃除を監督しているはずだ。
 紙袋に入れてもらったお菓子を受け取り、結衣は厨房を後にした。


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