雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「お願いだイシャナ…ガルナに力をかしてもらいたい。これは、すべてを知るお前にしか頼めない…わかってくれ」

「月夜様も、俺が守ったる!」

 巻きついた尻尾が収縮し、捕らえた魔物を締め付けはじめる。
 しかし唸り声をあげたのは竜の方だった。
 魔物の身体から、殺気がたちのぼる。
 月夜はすぐに状況を察した。
 いま危険なのは、イシャナの方であると。

「やめろ、羅刹!」

 呼び止められて、魔物が月夜を見下ろした。

「……もどれば、お前を手に入れたがる人間が、無用に命を落とすことになるぞ」

 地響きのような声が、脅しともとれる言葉を吐く。
 月夜は、これまでたびたび感じていた違和感の正体に、ようやく気づかされた。
 最初はガルナの宮で、次にナーガの女王、そしてイシャナまでが自分に執着を示す。
 それは月夜が、すでに只人ではない証しと云えた。
 はじめて帝釈天に出逢った刻、月夜がそれに魅せられたのと同じ理由で、只人は神の存在に強く惹かれる。
 誰もが神を我がモノにしたいと望み、それはしだいに巨大な欲望の塊となって、国に争いを生むのだ。

「羅刹…天やて? こいつが…」

 なぜか急に、イシャナが失望の色を見せた。
 同時に竜の力もゆるむ。

「なんでや……月夜様。俺よりもそいつについてくいうんか?」

「約束なんだ…私は、私の望みを叶えるためだけに生かされた…だからもう、行かなければ」

 月夜の真摯な表情を、イシャナは思い詰めた瞳で見つめた。

「絶対……奪い返したるからな……羅刹天!」

 魔物はフンと鼻を鳴らすと、竜の尻尾を踏み台にして高く飛んだ。
 抱えられた月夜は、ただ静かに流れる光景を見た――。


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