雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

新たなる神話

 雪は黙って、まるで獲物を定めるかのように月夜を眺め入った。
 答えもなく焦らされ、しだいに妙な緊張感が沸く。
 するといきなり、彼の指先で、前髪を撫でるように払われた。

「……俺の役目は、お前を帝釈天から遠ざけることだ」

 その手が今度はか細い首筋をスルリと撫でる。
 軽く捻られただけで、月夜の命の灯火など簡単に吹き消されそうだ。

「そしてお前のすべてとひきかえに、望みを叶えること…」

 この先に待ち受けることへの不安と、それによって壊されてしまうものの絶望に、押さえきれず胸が震えた。

「ボクの望みは、十六夜のために出来る限りをすること。イシャナは…ナーガの王はきっと応えてくれるはずだ」

 ナーガにとどまることをひきかえにはできないが、実際月夜は二度も国の危機を救った。
 魔物という呪縛からイシャナを解き放ち、魔物から女王の命を救ったのだ。
 どちらも結局、雪の存在があったからこそだが、きっとそれで十分。

「魔物の姿で現れたのは、それが彼らにとって効果的かつ説得力があったからだろう?」

 魔物がナーガを急襲することで、ガルナとの合意性を印象付け、故意に女王を狙い、同盟の条件とされた難題から、不可抗力に月夜を遠ざけた。

「これ以上望むべくもない。雪……いや、羅刹天。それだけのことをやってのけた……確かに貴方は、魔界を統べる魔物の神だ」

 神でありながら魔物を従える羅刹の王、それが羅刹天と呼ばれる彼の真実の姿だった。

「……月」

 月夜は覚悟のもと、静かに視界をとじた。
 首筋に雪の両手がかかる。
 脳裏に浮かんでは消えていく数々の想いが、苦しいほど胸をしめつけた。
 これが最期なら、せめてもう一度、その名を呼んでみたいと、月夜はふと思った。


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