雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「と、当然だ。闇は眼鏡を狂わせる。魔を受け入れるなど、人道に反することだ」

「……それが朱雀の教えか?」

「な…どういう意味だ!」

 男はすべてを見透かしたような目で月夜を見ている。
 最初に出逢った刻、複雑な思いを抱かせた瞳の色。
 それがほんの一瞬、赤く光ったように見えた。
 同時に泡の弾けるが如く想起する夢の男。
 心臓が早鐘を打った。
 しかし二人の男を重ねることはできない。
 うつつともしれない記憶に現れた幻。
 見覚えはあっても、記憶にはない現実。
 そんなものにいったい、なんの意味があるというのだ。

「貴方が何者かは知らぬが、国の祖を愚弄するつもりなら、私が相手になるぞ!」

 気色ばむ月夜を軽く手をあげて制すと、男は片足を引いた。

「そんなつもりはない。少ししゃべりすぎた…用が済んだなら、早々に立ち去れ」

「ま、まて…まだ話は――」

 背を向けた男を反射的に追った月夜は、勢いあまってけつまずいた。
 二三歩先にあったものに思わずしがみつく。
 顔をあげて見ると、それは男の大きな背中だった。

「…まだなにかあるのか?」

 片腕を上げ、その下から月夜を覗きこんで男は冷淡に云った。
 一瞬頭が白くなり、背中にしがみついたまま言葉をさがした。
 己の醜態に、だんだんと顔に血がのぼる。

「な…だ…っ…………月夜だ!」

 さんざん引っ張った挙げ句、ようやく口からでた科白に、男は眉を持ち上げてみせた。

「……月夜」

 男に名を呼ばれ、月夜は益々顔を熱くする。

――なぜ名前なんて…なにを思ってそんな…。

「ら……いや、雪(せつ)だ」

 月夜はゆっくりと瞬いた。

「……せつ?」

 肯定の素振りを見せた男の眼差しが、急にやわらかな印象に変わった。


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