雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「……っ……」

 届かなくなるギリギリで雪に手を掴まれ、月夜はギョッとする。

「忘れるな。お前が誰のものなのか」

「う、うるさい! ボクの肉なんか美味くないぞっ!」

 慌てて手を引くと、月夜は脇目も振らず叉邏朱を翔ばした。
 雪の含み笑う顔が遠退いていく。
 あまりにもいろいろなことが重なったために、また訊かねばならぬことを、なにひとつ訊くことができなかった。
 月夜はより小さくなっていく魔物の姿を尻目に、叉邏朱の羽根にしっかりとしがみついた。
 風が強い。
 宮まで戻るには、どれだけの刻がかかるだろう?
 そして宮に戻って、十六夜にすべてを報告しなければ…。

――なんと云えばいいんだ?

 暗殺者を追って神山に入り、魔物の襲撃をうけ死にかけたが同じ魔物に助けられて……それから――?

「ボクは魔物と…」

 月夜は自分が、帝に仕える者として相応しい人間ではなくなってしまったような気がした。
 なにもかも、己の未熟さが招いたことだとわかっている。
 悔しさにくちびるを噛みしめた。
 今はその痛みが、これは現実なのだと、自分に諭してくる。
 しかし、月夜が頭を抱える原因はそれだけではなかった。

――ボクは、何者なんだ。人間じゃない者と一緒にいたボクも……人間じゃない、のか?

 頭の中はもう、あらゆるものが入り乱れ、混沌としていた。

――白童様…教えて下さい。ボクは、何なんです?

  ずっと懐にしまってある鍵に手を伸ばそうとした月夜は、今になって気がついた。

「鍵が……」

 白童から託された大事なものを、月夜はなくしてしまっていたのだ。
 今さら引き返すことも出来ず、叉邏朱の背中で月夜は途方に暮れた。


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