雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「ああもう…ボクは何をしているんだ」

 書物が無造作に積み上げられ、書き終わった計算書の束が机に散乱する。
 その上に、月夜は片手をついてうなだれた。

――何がなんだか、頭の中が混乱してる…本当に、疲れ過ぎてるのかもしれない。

 集中力が続かず、すべてが終わった刻、すでに月は天上にあった。
 しかしたまっていた仕事も、まだ必要のない分まで終わらせてしまった。
 しばらくは執務もできない。
 月夜は何もすることがなくなり、ただ重いだけの気持ちをもて余す。

「謹慎を無視すれば、十六夜はボクを側使から排除するのかな…」

――いや、月読からも排除されるか?

 自嘲ぎみに笑みを浮かべる。
 ずるずると脚をひきずりながら、寝室に入った月夜は目を見開いた。

「……阿修羅?」

 名前を呼ばれ、パタパタと尻尾が揺れる。
 大型犬にまで戻った阿修羅は、変わらず愛くるしい声でナァと啼いた。

「阿修羅っ…よかった、目を醒ましたんだな…阿修羅」

 寝台の上にちょこんとお座りする彼を、月夜はたまらず抱きしめた。
 ふかふかの毛並みに頬を埋める。
 この世界では実体のないはずの精霊に、なんの疑問もなく触れてきたが、こうしているとそんなことは些末に感じてしまう。

――この子はあの男の式だ。どんなからくりかなんて気にしても仕方ない。魔物の力など、おそらくボクの…いや、月読の理解を越えている。

 ナァナァと阿修羅の鼻が月夜にこすりつけられた。
 その仕草に思わず和む。

「もう、絶対にお前を消させないからな……お前がボクの式だったらよかったのに。闇の式でもかまわない……お前は特別だ」

 阿修羅が嬉しそうに喉を鳴らした。


< 80 / 221 >

この作品をシェア

pagetop