砂糖菓子より甘い恋【加筆修正ver】
三の六
 全ての感情も迷いも情熱も、全て自邸に置き去ってきたのか。
 いつもと寸分も変わらぬ涼しい無表情、形だけの笑みを紅い唇に宿して、安倍龍星は御所に居た。

 徹夜で陰陽法師の尋問に当たったという年上で切れ者の部下、賀茂光吉から報告を受けると、そのがしりとした肩を細い手で叩いてその労をねぎらい、今度は自らが陰陽法師、道剣が幽閉してある牢へと出向いた。

「へぇ、ついに陰陽頭様のお出ましってわけか」

 がらがらの声で言うと、道剣は瞳をぎらつかせて、唾を吐く。
 もっとも、そのかすれきった声は龍星の元までは届かなかったのだが。
 睡眠不足で疲れ果てているのか、道剣の既に若くない顔からさらに精気が消えていた。
 しかし、剣呑な色を帯びた瞳だけは、その輝きを失っていなかった。

 龍星は、妖と対峙する時と同じ、氷のように冷たい瞳を道剣へと向けた。
 その瞳を見るだけで、相手を催眠へと向かわせる針のように鋭い視線だ。

「いい加減、吐けば楽になるのではありませんか?」

 丁寧な言葉遣いで吐き出された言葉は、しかし、御所に勤めるものや、毬は決して耳にしたことの無いようなぞっとするほど冷たいものだった。
 およそ、人間としての体温などまったくないような冷酷な響き。
 道剣は、自分を叱咤し無理矢理に奮い立たせる。

 そうしないと、すぐにでも龍星に支配されることは同じ陰陽師として分かるものだった。

「吐く?
 ああ、ワシの雇い主が誰であったかということか?
 もうどうでも良いではないか。
 ワシがやったと認めているのだから」

 精一杯の強がりで、ひしゃげた声を荒げて見せる。
 龍星は、すぅ、と、形の良い瞳を眇めた。
 そこに、漆黒の闇を思わせる深淵が覗いて、ひいと、道剣は小さな声を上げずにはいられなかった。

 道剣は、曲がりなりにも陰陽法師として、今までにそれなりの地獄を見てきた。
 妖怪とも物の怪とも戦ったし、性根の腐った人間たちの見るに耐えないどす黒い欲望にすら付き合ってきた。

 しかし、その道剣を持ってしても、龍星の眇められた瞳はこの世ではないどこかへと通じる道にしか見えない。
 そこへ行ったら最後、二度とは戻ってこれないような。

 底も見えない闇の深淵が、瞳の奥に広がっていた。

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