君が見たいから ~ Extra ~
階段を昇り切ると細い道が丘の散歩道へとつながっていた。
そして散歩道に面したなだらかな丘の斜面一面に、今を盛りと薄紅の桜の花が、時折レンギョウの黄色い枝を交えて、数え切れないほど密集して咲き誇っている。
暗い夜空を覆っていた雲の切れ間から、朧月がその風雅な姿を覗かせていた。
下界に静かな淡い光を投げかける月明かりと、丘向こうの街の灯に照らされて、一面を覆う夜桜が、まるで春の花霞のように眼前に広がり、夜風に囁き揺れている。
月光の下、今を盛りと満開に開いた桜の枝から、時折白い花びらがはらりと舞い落ちる。
静かな夜のしじまに、それはどこか夢幻的で、郷愁を誘う光景だった。
唯は目を見張ったまま、黙って夫に寄り添い立ちつくしていた。
しばらくの間、二人は夜風に吹かれながら、無言で花と月を眺めていた。
やがて唯がゆっくりと動いて桜の木々の下に立った。手を伸ばせば花枝に届きそうなのに、やっぱり届かない。
「ああ、だめね。でも本当にきれい……。すぐ近くにこんな場所があったなんて、全然知らなかったな……」
舞い落ちる花びらを受け止めるように両手を広げながら、頭上一面の花を見上げる。
自分が日本語で呟いていることにも気付かなかった。懐かしい記憶がおぼろげによみがえってくる。
たしか小学生の頃にもこうやって、満開の桜の下で花びらを受け止めようとはしゃいだことがあったっけ。
あれはまだ入学して間もない時だったような気がする……。