光のもとでⅠ
 彼女の家から高速道路のインターまでは五分とかからない。
 藤倉からだと二十分はかかるうえに、いつも渋滞している国道を抜けなくてはいけないため、下手すれば三十分以上かかる。
「ここら辺はいいよね。緑も多いし大きな公園もある。高速道路に乗るのも国道に出てすぐだし」
「そうですね。でも、私に関係あるのは緑が多いことと、公園があることくらいです」
「まぁ、そうだね。車の運転はしないもんね」
 今日のお相手は十六歳高校生――肝に銘じておこう……。
 高速道路に乗ってから、彼女がずっと自分を見ていることには気づいていた。
 初めて会ったときにも思ったけど、本当に人を観察するのが好きな子だと思う。
 しかも、こっそり見るのではなく、普通に見てくるあたりがなんとも言えない。
 これが司相手なら、「何?」と言われてすぐに観察が終わってしまうだろう。
 そんなことを考えながら、彼女の視線を甘んじて受けることにした。
 しばらくすると視線は外れ、彼女が何かしているのを視界の端にとらえる。
 さすがに百キロ近い速度で運転しているともなれば、そうそう余所見はできないわけで……。
 ちら、と見たら首にかけてある懐中時計を見ていた。
「懐中時計?」
「はい。蒼兄から誕生日プレゼントにもらったものなんです」
 声がとても明るく嬉しそうに聞こえた。
 蒼樹のシスコンも度を越えているけど、翠葉ちゃんのブラコンもそれなりだと思う。
「あぁ、翠葉ちゃんはアンティークのものが好きだもんね」
 自分に蓄積されている翠葉ちゃん情報を披露すると、彼女は恥かしそうに笑った。
「今日はまたかわいい格好をしているね」
 俺のこんな言葉にすら彼女は頬を赤く染める。
「普段、ジーパンとかはあまりはかなくて……。どうしようかな? って悩んだんですけど、結局スカートにしちゃいました」
「うん、よく似合ってるよ。翠葉ちゃんはスカートとかワンピースってイメージだよね」
 何気なく言った言葉だけど、彼女の視線が張り付いて剥がれない。
「どうかした?」
 声をかけると、
「いえ……ただ、サングラスしてると雰囲気変わるな、と思って……。それに今日は白衣じゃないし……」
 なるほど……。
 見られているとは思っていたけど、俺の服装や格好を観察していたのか。
 これは面白い。ひとつからかうネタができた。
「惚れてもいいよ」
 軽く口にすると、
「秋斗さんを好きになったら色々と大変そうだから嫌です」
 クスリと笑って即刻却下。
「その意図は?」
「まず第一に競争率が高そう。それに、女の子に対しては誰にでも優しいからヤキモキしちゃいそう。でも……どうなんでしょうね? 人を好きになるのって想像できなくて……実際はどうなんだろう」
 そういえば先日、初恋がまだって言ってたっけ……。
 あり得ないこととは思わないけれど、恋を知らない子を助手席に乗せるのは初めてだ。
 ……やっぱり天然記念物よりも絶滅危惧種に思える。
「……どうかしましたか?」
 尋ねられたので、思ったことを正直に口にする。
「先日聞いてはいたけれど、やっぱり驚きが隠せなくてですね……。こんな天然記念物がいたのかと……」
「うわ……またその話ですか?」
「そりゃ、衝撃的でしたから?」
 思わず笑うと、彼女は少し拗ねてしまったようだ。
「じゃぁさ、今日は翠葉ちゃんにとって初めてのデートだったりする?」
 からかいの割合は半分くらい。もう半分は"期待"かな?
 だって普通に考えて嬉しいでしょ? こんな子の初デートの相手だと言われたら。
 けれど、
「……デート。これ、デートなんですか?」
 きょとんとした顔で尋ねられた。
「少なくとも僕はそのつもり」
 彼女は少し考えてから、
「蒼兄以外の人とお出かけするのは初めてです」
「そこでデートとは言ってくれないんだ?」
 少しいじめたくて口にすると、
「……"初デート"は、好きな人ができるまで取っておくことはできますか?」
 そんな質問すらがかわいく思える。俺は笑って、
「夢は大切だしね。じゃ、そういうことにしておこう」
 その話を終わりにしてあげた。

 日曜日の朝八時台だというのに道はさほど混んでいない。
 平均して九十キロから百キロで走っているのだからいいほうだろう。
 一時間ちょっと走るとサービスエリアに入って休憩することにした。
 車を降りて軽く伸びをすると、自分にカメラを向けている彼女がいた。
 気づいたと同時にシャッターを切られる。
「あ、撮られた。僕もあとで撮らせてもらうよ?」
 胸ポケットに入れてあったコンデジを取り出し見せると、
「ダメですっ。私、レンズ向けられると固まっちゃうから」
 言うなり背を向けられる。
「そうなの? でも、それはフェアじゃないからダメ。固まろうと何しようと撮るよ」
「困ったな……。あっ――」
 彼女ははっとしたように俺を見上げた。
「そういえば、秋斗さん疲れてないです? 昨日遅かったし、今朝は早くに迎えに来てもらったし……」
 昨夜の電話でもそうだったけど、この子のこれは癖なのかな。
 いつだって相手のことを気遣う。
 単純に人の目を気にしているようにも見えるけれど、これはこの子の思いやりだと思う。
 まだ十代なんだから、そんなにいたるところにアンテナ張りめぐらせてなくてもいいんだけど……。
 いや――それらをスルーできる子じゃないからバングルを作ったんだ……。
「大丈夫だよ。ひどいときは徹夜で次の日も仕事だったりするし。それに、今日は癒しアイテムが一緒だからね」
 癒しアイテムは君だよ、と思いをこめて彼女の頭に手を置く。
 にこりと笑みを向けたら、
「今日、その笑顔使ったら反則と見なしますからねっ」
 顔を真っ赤にして言う様がかわいすぎた。
 本当に男に対する免疫がないんだな。身近にいる兄はあんなにも仲がいいというのに。
 クスクス笑っていると、「秋斗さん、ひどい……」といじけてしまった。
 これはなんてかわいい生き物だろうか。

 しっかし……人目を集める子だな。
 彼女と同年代の男はもちろんのこと、二十代そこそこの人間ですら通り過ぎては振り返る。
 こういうの見ちゃうと、蒼樹が必死で守ってきたのがわからなくもない。
 その彼女がじっと俺を見ているから、
「何かな?」
 笑みを添えて尋ねると、
「……秋斗さんが格好いいから、さっきから女の人の視線が痛いです」
 困ったように言われたけれど、
「それは僕も同じなんだけど……」
 彼女は「なんのことですか?」というような顔をしてすぐに、意味を解したような表情になった。しかし、そのあとじとりと見られたのはなぜだろう……。
 ……なんとなくだけど、俺の言葉はきちんと伝わっていない気がする。
 “俺も同じ”イコール、“女の視線が痛い”と思われている気がする。で、じとりと見られたのは自業自得っていう視線だったのだろうか。
 違うから……。君に集る男の視線が痛いって話だから……。
 観察力はあるほうなのに、こっち方面はてんで疎くて困った子だな。ま、そんなところも含めてかわいいわけだけど……。
「さ、そろそろ行こうか」
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