光のもとでⅠ
 短い曲はすぐに終わってしまう。
 でも、とても気持ちよく歌えた。
 歌っていて高揚感を感じたことならいくらでもある。でも、自分の歌と伴奏に鳥肌がたったのは初めてだった。
 それと、彼女の音色は表情豊かだ。さっき弾いていたオリジナル曲とは全然違う音色で弾いてくれた。
 ほかにはどんな音色を弾き分けるのだろう……。
「翠葉ちゃん、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 彼女と握手を交わし、手をつないで会場にお辞儀する。
 そこへ千里がマイクを持って現れた。
 私は右手に彼女の手をつないだまま、
『ご清聴いただきありがとうございました。――それでは! これから第三十八回生徒会就任式を行います!』
 捕獲作戦開始っ!
 ちら、と彼女の顔を見ると、唖然としていた。
 タイミングを見計らってステージへ上がってくる生徒会メンバー。
 外堀を埋めるのは私の常套手段なの。
 彼女は依然、周りを見回して何が起こっているのか考えているよう。
 何が起こっているのかわからないうちに物事を進めるべし……。
『まずひとり目は姫こと御園生翠葉さん! 彼女は会計です。お隣、藤宮海斗くん! 彼は書記担当です。お隣、漣千里くん。そしてクラス委員と生徒会を兼任することになった簾条桃華さんっ! ふたりは機動部隊です!』
 私が紹介をすると、久がステージ中央に歩み出る。
『異議のある人はここで申し出てくれるー? さすがに全校生徒の挙手は確認取れないよねぇ……。じゃ、異議がなければ拍手をっ!』
 相変らず大雑把だ。でも、このくらい強引に進めるくらいがいいだろう。
 会場にいる人、桜香苑の周りにいる人、テラスにいる人と、こちらを眺めている人たちから拍手が沸き起こる。
「もう逃げられないからね?」
「あの……でも――」
 動揺より困惑の色が濃い。
「こんなにたくさんの人たちにOKもらったのに?」
「私にはできません」
 頑なに断る彼女。
 嫌だから、やりたくないから、というわけではなさそうだ。
 訊かれたくないのだろうと思っていたから訊かなかった。でも、彼女を手に入れるためにはその道を通らなくてはいけないらしい。
 それなら私は訊くよ。
「どうしてか訊いてもいいかしら?」
 答えてくれるかはわからなかった。けど、彼女はすぐにこう言った。
「私、学校にきちんと通ってこれるかわからないので……。仕事が忙しいときに穴は開けたくないです。それに、私以上の適任者がいるはずです」
 体調不安、か……。
 彼女が病弱らしきことには気づいていたけど、それでも逃がすつもりはない。
「じゃぁ、誰? 推薦してくれる?」
 私は彼女を追い詰めるように言葉を選ぶ。
「候補をひとりもあげられないようじゃダメね。翠葉ちゃん、いいのよ。学校に来られなくても私たちが行けば済むことだし」
「そんな、申し訳ないですっ」
「うちの生徒会、私の意見が絶対なの。私が法律、私が校則よ?」
 決して笑みは絶やさずに話を進める。すると、
「翠葉、茜先輩には逆らわないほうがいいと思うぞ?」
 海斗が彼女の後ろからひょっこりと顔を出した。
「翠葉が動けないときのための私よ? クラス委員も生徒会もかわらないわ。この男の指図を受けるってことにおいてはね。それなら翠葉の助けになるほうがよっぽどいいわ」
 桃も加勢する。
「事情は知らないけど、うちの生徒会結構楽しいよ?」
 千里の言葉を聞いて彼女は口を開いた。
「……全部わかってて、それでも受け入れてくれるんですか?」
「そうよ。だって、うちのメンバーみんな翠葉ちゃんに首っ丈なんだもの」
 きっと、誰よりも私が。
 司、私は司が翠葉ちゃんを欲しいと思うもっと前から彼女のことを探していたのよ。
 今日のピアノを聴くまで気づかなかったけど、でも、ピアノの音を聞かせてもらえたら一発で当てられる自信があるわ。
「バックアップ体制は整ってる。あとは翠の気持ちしだい」
 司が挑発するように口にすると、
「やりたい――それなら、やってみたい」
 と、はっきりと答えた。
「じゃ、決まり!」
 と、取り消しをさせないために朝陽が口にし、それを合図に久がマイクをONにした。
『それでは、本人の承諾もいただけましたので、これにて新メンバーの就任式を終わらせていただきます!』
 生徒会就任式は終わり。無事、望む新メンバーを迎えられた。
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