微笑みと共に、世界は眠る



「私ね」

おもむろに、彼女は言う。

「戦争が始まる前は、よく旧市街に行っていたの。夫婦で経営している花屋さんがそこにあってね、私、何度もそこに行っていたのよ」

少し年老いた夫婦の姿が、脳裏に浮かぶ。

「仲睦ましい二人でね、いつも幸せそうだった。そんな二人の姿を見てると、私も幸せになった」

子供ができなかった彼ら夫婦は、私のことをまるで自分の子供かのように、好くしてくれた。だから余計、私は嬉しかった。

私に〝親〟という存在がいたら、〝家庭〟というものがあったら、きっとこんな感じなのだろうと、思うことができた。

「……けれど突然、悲劇は起こってしまったの。ある日を境に、おばあさんの容態が悪くなって……、そのまま回復することができなかった」

息をつき、元々彼女は持病持ちだったの、と小さく言った。

「おじいさんは店を閉じた。けれど、花は植え続けたわ。亡くなったあばあさんに捧げる花を。そして私は、この街から去る日がきた」

またいつでもおいで、と言ってくれた彼の優しい微笑みが、脳裏に浮かぶ。

「そのとき、おじいさんはある花を植えていたの。それは咲かせるのが難しい花で、けれどとても美しい花だと、言っていたわ」

続けて、その者は少女に言った。いつかこの花が咲いたら、見に来てほしい、と。そして、その花に込められた言葉を教えた。

「私は、いつかまた必ず来ると、約束したの。おばあさんのために植えた、その美しく、儚い花を見るために」

でも……、と言って、少女は俯く。

「見ることが、できなかったのか?」

「……ええ。それから五年後に戦争が起こったせいでね」

そうか、と呟いて、青年はふと一ヵ月ほど前のことを思い出した。


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