君に届くまで~夏空にかけた、夢~
「……鞠子」


「あのねっ、修司!」


鞠子は裸足だった。


「ありがとうっ」


「え……」


「ありがとう、正直な気持ち言ってくれて。ありがとう!」


その笑顔は尋常ではないほどに本当に爽やかで。


だから、逆に、切なかった。


「すっきりしたよ!」


と鞠子がひょろっこい右手をぶんぶん振って、笑って言った。


「また明日ね!」


「うん。また明日な」


「うん!」


にかっ、と笑った鞠子がぺたぺたと走って、ドアの向こうに姿を消す。


夜風がぴゅうっと吹き抜けて行く。


菊地先輩がおれの肩を弾く。


「帰るぞ。平野」


「おす」


鞠子の家に背を向けて、歩き出す。


すると、月も一緒に歩き出す。


カラカラ、自転車を押し歩きながら、菊地先輩が言った。


「あー。今、号泣してんなあ、絶対」


「え、誰がすか」


べし、と菊地先輩がおれの後頭部を叩いた。


「うちの大事なマネージャー、泣かせてんじゃねえよ」


「あ……」


「お詫びに、甲子園連れてってやんねえとな」


「は……はい!」


なんてきれいな夏の月明かりなのだろうか。


半熟の黄身がつやつやのまんまるだ。


月を見上げながら、菊地先輩が言った。


「なあ、平野」


「はい」


「少し、真面目な話でもしようか」


「……はい」


理由は分からない。


心のちょうど真ん中に、こんもりとした蛍火のような、ぽんわりとした灯のような。


温かくてやわらかなむくもりが芽生え始めていた。







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