週末の薬指
早口でそう告げると、思い出したように手元の編み針を動かし始めたおばあちゃん。

どことなく落ち着きがないと感じるのは気のせいだろうか。

普段から私の目をしっかりと見て気持ちを伝えてくれるおばあちゃんなのに、表情を隠すように顔をそむけた。

「あの、私社長賞を貰うことになって、そのお祝いのパーティーが、あ、立食で軽い催しらしいけど……。
で、家族も連れて行っていいらしいから、おばあちゃんも来て欲しいの」

おばあちゃんの表情を探るようにゆっくりと話したけれど、相変わらず手元のレースしか見ない。

私の声が聞こえたのかどうか不安になったけれど、やたら引き締まった口元を見れば、ちゃんと声は届いているんだろうとわかる。

何度か小さく息を吐いて、それでも何かに悩んでいるように首をかしげて。

編み物に気持ちを集中させようと必死にも見える。

「おばあちゃん……?」

近寄って、真正面から顔を見ると、緊張感と不安が見えた。

なんだか小さく見えるおばあちゃんを目の当たりにして、しばらく何も言えずに戸惑っていると。

「行った方が、いいんだろうね……その方が、もしも……いや、そんな事はまずないか。それでも……」

なにやら独り言のような言葉が聞こえてきた。私がわからない幾つもの言葉に混乱したまま、じっとおばあちゃんを見つめるしかできない。

悩みを抱えないおばあちゃんが何かに悩んでいる。

それはとてつもなく大きな悩みに違いない。

「花緒の晴れ姿を、私も見るよ……」

「本当……?」

どこか悩んでいるようなおばあちゃんの表情に不安を感じながらも、それを問うてはいけないような、そんな拒否感がおばあちゃんの瞳から感じられて、私は黙って頷いた。

そして、それから一時間後。

おばあちゃんが用意してくれたシフォンのワンピースに着替えた私と和服姿が似合うおばあちゃんは、タクシーに乗ってAホテルに向かっていた。

車中の空気はどこか張りつめていた。
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