絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

新たな刺客

 涼屋雅人(りょうや まさと)が香月と話しをしたことは一度だけある。
「香月さん、これでいいですか?」
 フリーの香月にたまたま押し付けられる形になった仕事の確認に、彼女を呼んだ。
「あ、すみません! ありがとうございます、もう、ばっちりです」
 彼女はまだ確認もせずに、にこやかに笑顔を向けた。
 同じ店舗の配属になったことは一度もない。
 偶然自分が応援に行った店で、会っただけ。
 だけど、休みの日を利用して、こっそり彼女を見に行ったことはある。それはもう、数え切れないくらいかもしれない。
 彼女は多分自分のことを知らない。
 無名な、年下の平社員のことなど、知るはずもない。
 だから、彼女の後を追うべく本社試験を受けた。
 2度受けた。2度とも落ちた。毎回倍率は高い。百人以上受けて、一人も受からない時もある。それでも、いつの日か、合格したのならば、あの、本社のフロアにいたのならば、また、偶然にでも話ができるかもしれないし、ビルのロビーで待ち伏せしていたならば、毎日顔を見られる。
 それを信じて、3度目を受けた。
 結果は、見事、合格であった。
 配属は、人事部。ここで名前を上げていけば、いつか彼女にたどり着けるかもしれない。
 いつか、彼女に……。
 そう願いながらも、実は本社勤務になってから1年以上が経過している。
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