絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
 人様の弁当を横取りするなど気分は、それほどよくはないが、それでも食べたいという気持ちの方がはるかに強かった。
「僕はいつでも食べられますから」
 にこりと自然に笑顔を向けてくれたので、「じゃあ」とはりきって返事をする。
 香月はそのまま手で取り、ケーキの隣に並べた。
「素敵ぃ。今日のランチはほんと、素敵です!」
「どうぞ、食べてみてください」
 味なんて多分どれも同じだから、感想も、美味しいで十分。そう思って食べた。
「ん~、すっごい滑らか!! 美味しいー、けどもったいなーい」
 香月は、彼のことを忘れて、食べる。
「……いぶき和菓子屋という店です」
「えっ、あ、聞いたことあります!! 有名ですよね、老舗和菓子屋」
 言ってみてから気づいた、老舗、とか本人の前で言っていいんだろうか!?!?
「あっ、いぶきさん、なんですね」
 そこで初めて名前に気が付いた。ネームプレートには、商品部管理課  副主任 伊吹 航大 と書かれている。
「香月さん、ですよね」
「はい」
 もちろんそれも、ネームプレートに書かれている。
「ありがとうございました、とっても美味しかった。今度の休み、絶対買いに行きます。家族が甘いもの好きだから、食べさせてあげたいです」
「じゃあお持ちしますよ。明日でもよければ」
「えっ、そんな、悪いです」
「いえ、会社の人との間ではよくありますから」
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