エスメラルダ
 パレードで、くたくたになって帰ってきたレーシアーナとブランシールに更に夜会が待っていた。
 ブランシールは疲れ以上に不思議に思うことがある。
 観察するように冷静な、それでいて突付けば大爆発を起こしそうな張り詰めた視線で自分を見つめるエスメラルダ。
 怒りを孕んだ視線。もしその目が邪眼であるならば、たちまちのうちに射殺されそうなほどの強さ秘めて、自分を見つめるフランヴェルジュ。
 一体な何だと。
 婚姻の儀の煩雑さにはうんざりだ。それなのにあの視線。疲れが倍増する。
 レーシアーナは平気の顔をしている。
 妊婦であるはずなのにこの体力は何処から出てくるのだろうとブランシールは不思議に思うが何もレーシアーナが丈夫なわけではない。ブランシールの侍女として長い年月培った忍耐という言葉があるだけだ。
 レーシアーナは良い意味でも悪い意味でも甘ったれた貴族のお嬢ちゃんではなかった。
 その彼女は、侍女として仕込んだ娘にドレスの気付を手伝わせている。
 今度は赤いシフォンだった。上から見れば薔薇の花弁のように見えるハイウエストでゆったりとしたドレス。ガーネットを艶やかに飾りつける。
 ブランシールも着替え始めた。
 今度は貴族服で、帯剣はするがそれは装飾用途の強いレイピアであった。サッシュは赤。レーシアーナのドレスに合わせてあるのである。
 赤い棒タイを結び赤瑪瑙のカメオでとめる。
 ブランシールの青い目に赤は映えないと思っていたが意外や意外。これが丁度良い調和を見せているのである。
「行こうか、レーシアーナ」
「はい」
 レーシアーナはすっかり花嫁の恍惚に浸っている。そんな彼女が愛しいとブランシールは思う。
 誰にも壊されたくない幸せ。
 それでも。あの金の瞳と緑の瞳。
 何とかならないものだろうか?
 そして『舞楽の間』にて夜会が始まる。

 玉座があり、そこにフランヴェルジュが君臨していた。
 その段のすぐ下の段に椅子が三つ用意されている。 座り心地よさそうなブロケード張りの椅子だ。
 フランヴェルジュから見て左にエスメラルダの席、右に弟夫妻の席が用意されている。
 その場にエスメラルダが現れて、フランヴェルジュはやっと一息ついた。
「寂しかった」
「まるで子供のようではありませんか。しゃんとしてくださいまし」
「未来の妻に甘えるのが禁じられるのなら、今すぐ弟に譲位してやる」
 その声が本気である事が怖い。
 フランヴェルジュは奇妙なところで子供っぽい。自分の理屈が間違っていようとも認めない時が、ほんの時たま、ある。
 普段は人の意見を聞く賢君であるというのにだ。どうやらフランヴェルジュはフランヴェルジュなりに譲れるものと譲れないものがあるのだろう。その見極めは非常に難しいが。
 仕方なくエスメラルダがフランヴェルジュの頭を抱きかかえていると、王弟夫妻はやってきた。
 ブランシールは、甲斐甲斐しく妻の身の回りの世話をする。椅子に座らせ、侍従に持って来させたひざ掛けをかけ。
 身重の彼女に踊れという者はいない筈だ。
 だからブランシールはずっとレーシアーナの側についていようと思ったのだが、しかし。
 楽隊が揃い音あわせを始める。
 エスメラルダはブランシールに挑みかかるように言った。
「踊っていただけませんか?」
 フランヴェルジュが目をむく。
 だがエスメラルダはフランヴェルジュを見ていない。少し考え、ブランシールは頷くとエスメラルダの手を取った。
 曲が流れる。スロウテンポの甘い曲。
 音楽の途中、エスメラルダはブランシールの耳に囁きかけた。睦言のような甘さで。
「わたくしがレイリエから毒を盛られ眠っている間に、『花』をお摘み遊ばして?」
 ブランシールは暫しの逡巡の後、答えた。
「ただ一輪」
 エスメラルダの頬は燃え上がった。一体どういうつもりで!? だが尋ねはせず、その代わりブランシールの耳に噛みつき、囁いた。フランヴェルジュからもレーシアーナからも見えない角度で、思い切り。
「花代、頂戴致しまする」
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