エスメラルダ
 王妃アユリカナが『審判』の儀式を受けたのは、もう十八年前になる。
 去年、他国へ嫁いだ王女エランカの髪が赤く、瞳が緑だった所為だ。
 国王レンドルの髪は金色で瞳は青。
 王妃アユリカナの髪は茶色で瞳は金色。
 レンドルは我が子だとは、最初、認めなかった。
 アユリカナにしてみても、驚きであった。
 アユリカナは知っていた。自分が潔白である事。だから何故自分とも夫とも似ていない子供が生まれたのか、葛藤は凄まじかった。
 それでも子供は愛しかった。
 赤子が泣くと、乳が痛くなる。アユリカナは淑女達が子供を生むとコルセットをつけ、胸を縛り上げスタイルを維持しようとするのを馬鹿げていると思っていた。
 アユリカナの子供達には乳母が居ない。
 フランヴェルジュ、ブランシール、エランカ、三人の子を全て己の乳で育て上げた。周囲からの顰蹙を無視して。
 胸が張るのに、子供にその乳を飲ませず捨ててしまうなど間違えていると思っていたからである。
 エランカに乳を含ませ、そしてアユリカナは決意した。
 このままでは、この子は不義の子と思われるであろう。赤い髪の毛などメルローアの王族には居ない。そしてアユリカナの血筋にもそのようなものは居ないのだ。
 先祖がえりでも済ませられないのなら、方法は一つしかない。
 アユリカナは怖かった。
 『審判』とは、真実と真実でないものを判断する儀式である。だが、具体的にどのようなものなのかは知られていなかった。知っている筈の者も口を硬く閉ざしたままだった。
 レンドルが勅命としてアユリカナに命じた。
 神殿で『審判』の儀式を受け、間違いなくこの娘が二人の娘であるか神にただせと。
 アユリカナは『審判』を受け、エランカはレンドルとアユリカナの二人の子供であるという真実が伝えられた。
 レンドルは喜んで娘に名前をつけた。その時までエランカには名前がなかったのである。だが、父として、正しく我が娘と知ったなら愛しくてたまらなかったようだ。
 男親というのは総じて娘に甘いもの。
 レンドルも例外ではなかった。
 レンドルの中には疑ってしまった事を恥じる気持ちもあったのだろう。その分可愛がり、罪の意識から逃げようとするレンドルは、エランカには甘すぎる父親だった。
 そしてレンドルはフランヴェルジュとブランシールの事も可愛がった。
 ただ、子供達は知っている。
 三人の子供と妻が崖から落ちそうになったら、レンドルは躊躇いなく妻を救いにいくと。
 アユリカナは刺繍を差しながら自室のゆり椅子を揺らしていた。
 そんな時、息子達二人が会いに来たと言うので、侍女達を遠ざけ、二人を迎え入れた。
 だけれども、刺繍は休まない。
 アユリカナはいつもそうだった。繕い物をしていない時には刺繍をさす。刺繍を指す物がなくなればレースを編む。手を休めるという事を知らない。王妃であるというのは何もしなくて良いという事ではないとアユリカナは思っている。
 アユリカナは、だから針を刺す。今縫っているのは産着だ。孤児院の子供の為に刺しているのだ。他にわたくしに出来る事はないから、と、孤児院や施療院の為に自分が出来る事をしている。
「貴方達、どうしたのです? 朝早くに尋ねてくるなんて珍しい事ですね」
 アユリカナが暖炉の側の長椅子を指し示す。息子達はそこに座る。春とはいえ、まだ寒い。
「母上……御願いがあるのですが」
 フランヴェルジュがずばり切り込んできたのでブランシールは慌てた。遠まわしに話を持っていこうとしたのに。
 こういう時だけは兄の直情径行な性格が嫌になる。
 アユリカナは微笑んだ。
 最近、見上げるほどに大きくなった子供達が我が子である筈なのに距離を感じてしまっていたのだ。男の子は難しいと思う。でも、こうやって頼ってくれると嬉しい。
「何です?」
「『審判』の内容を詳しく教えていただきたいのです、母上」
 アユリカナは、苦いものでも飲んだかのような顔をした。
「フランヴェルジュ、駄目よ、教えてあげる事は出来ないわ」
「何故です? 母上」
「制約の呪がかかっているの」
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