エスメラルダ
 その日、寝台の中で、狂ったような時間を過ごしていたのはブランシールとレーシアーナだけではなかった。
 国王レンドルは何故こうなってしまったのかと深く恥じる。だが、彼女の肉体がないと駄目なのだ。彼女を初めて抱いたのは、彼女がまだ初潮すら迎えていない頃であった。
 くすくすと彼女は笑う。
 初めて抱いた時ですら、彼女は笑っていた。性愛の意味を知っていた彼女は、レンドルに恐らく娼婦とはこのようなものではないかと思わせるに十分な媚態を示した。
 その時、処女であった事は間違いない。印を見たのだから。
「お兄様」
 くすり、と、彼女が笑った。
 レイリエ・シャロン・ランカスター。
 レンドルの歳の離れた妹だった。
「ねぇ、御願いですわ、お兄様」
 甘い声で彼女は言う。歌うように。
「わたくしを、王太子妃に」
「それは出来ん」
 レンドルは、妹の顔から視線を外して言った。顔を見れば、是と言ってしまう弱い自分がいる事をレンドルは知っていたのだ。
「何故ですの? お兄様。お顔をこちらに向けてくださいまし。わたくしは知識、教養、礼儀作法、王太子妃として必要なものはみな持っていますわ。美しさも」
「お前はアレの叔母に当たるのだぞ!?」
「そんな事」
 からからとレイリエは笑った。
「さっきまで私の身体の上で喘いでらしたのはどなた? わたくしの実のお兄様ではありませんか」
 それを言われると、レンドルとて返す言葉がない。
「法など、変えておしまいになって」
 レイリエは甘い声で強請る。
 だがその声が甘ければ甘いほど、レンドルには脅迫されているように感じるのであった。そして事実。そうであった。
 メルローア王家は、昔は血族婚が盛んであった。血の純潔を尊ぶようなところがあった。
 だが、濃すぎる血は次第に衰退を招く。
 メルローアの中興の祖、トランカト王は血族婚を禁じた。そして、自ら下級貴族の娘を正妃として迎え、メルローア王家の血に新鮮で瑞々しい血を注ぎ込んだのである。
「ねぇ、お兄様、わたくしとお兄様は歳の離れた、母親を同じくする兄妹。表沙汰になればどのような事になるかお考えになって」
 真綿で首を絞めるように、レイリエは脅迫を続ける。
 表沙汰になれば。
 それはレンドルにとって恐ろしい事だった。
 自分は塔に幽閉され死ぬまでそこで暮らす事になるだろう。
 それだけでなく、アユリカナや子供達はどうなる?
 アユリカナ。
 三人の子を産んでくれた愛しい妃。柔らかな白い手で自分を撫で、どんな苦難も共に受けると誓ってくれた最愛の妻。
 フランヴェルジュ。
 直方径行の気があるが、純粋で真っ直ぐな視点の持ち主。カリスマ性は自分以上だ。人をひきつけて止まない不思議な魅力の持ち主。
 ブランシール。
 不言実行型の頼りになる男。頭のキレ具合は素晴らしい。きっとフランヴェルジュの助けとなりメルローアを導くであろう。
 エランカ。
 嫁いでいった可愛い娘。あれが巻き込まれる事がなければ良いのだが。だが、父親が廃されたのなら夫の愛情に守られていても……。
 半身を起こし、ベッドに横たわる妹を見ていたレンドルは薄ら寒い気がした。
 確かに同母の兄妹が睦み逢う事を考えたら、叔母と甥が結ばれる事の方がマシだろう。
 レイリエを、レンドルは愛していない。
 愛しているのはアユリカナだ。
 それでも、身体はレイリエを求めてしまう。
 最後にアユリカナを抱いたのはいつだっただろう? アユリカナの身体では駄目なのだ。それは老いが原因ではない。今でも愛しい。
 だが、苦悩し、両手で顔を覆ってしまったレンドルに、レイリエは優しいとさえ言える仕草で触れた。
 レンドルが顔から手を離し、妹を再び見つめた。レイリエは自由になったレンドルの右の手を捕まえると自らの下腹部に当てる。
「レンドル・トロアト・メルローア陛下に申し上げたき義、此処にあり」
 レイリエの声に、レンドルの頭から血が引いた。
 まさか! まさか!! まさか!!!
「陛下の和子、此処に」
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