魔王に甘いくちづけを【完】
朝日が昇り始め城中が朝霧にけむる中、ジークは温室の中にいた。

こじんまりとした医療宮よりも、遥かに大きいのではないかと思えるこの温室では、国中から集められたありとあらゆる薬草が栽培されている。

普段はフレアの薬草を使用してるジークでも、緊急を要する事態の時にはここを利用している。

今日は、その緊急を要する時。

朝一番に開く花、扱いに一番気を使う花、“テミス”を採りに来ていた。

日に当たると開花が始まり開ききるとすぐに枯れてしまうという変な花だが、れっきとした薬草だ。

この花弁を有用するには、開きかけたところを採らねばならない。

日に当たらないと期待する成分が生成しない上に、すぐさま煎じてしまわないと使い物にならないという厄介な薬草だ。



「この城で、再びこれを採ることになるとはな・・・」



苦笑しつつも一番大きな蕾を狙う。

開けば掌二つ分くらいになるだろう。

二人分ならコレであれば十分事足りる。



温室の中にゆっくりと日が差し込んでくる。

クリーム色の花弁がふるふると動き出すのをじっと待つ。

チャンスは一度きり。

ゆらりと揺れた花弁が開き始めたところを爪でスパッと切り落とし、医療宮に向かって急ぎ走った。


背の低い薬草たちが風圧で倒れそうになるのが目の端に映るが、そんなことは構っていられない。


とにかく早くしなければ―――

耳元でヒュンヒュン風を切る音がする。


こんなときは、ドアという代物がとても恨めしく思える。

クリーム色の花弁は、掌の中で急激に萎んでいくのがわかる。

枯れるまでの時間との戦い。

斜め格子のドアを開けるのももどかしく、半ば蹴るようにして開け、予め用意してあった煎じ鍋の中に放り込み、直ぐ様火を点けた。

全力で走ったお陰で少しばかり萎んではいるが、花弁は色鮮やかなまま水に浮かんでいる。



「なんとか間に合ったな・・・」


これを、今から半時ほどかけて水が飴色になるまでじっくりと煎じる。




―――今夜は、ヘカテの月だ・・・。

二人にはコレが要る。

バル様の大切なお方は手厚い守りが配されてるから、まぁ心配はないが。

リリィには、用心してもらわにゃならん。




“ジーク、頼む”


旅に出る前に、俺のとこに来たアイツは不機嫌そうな顔をさらに歪めていた。

すがるような目もしてた。

アイツがあんな顔をするようになるとは・・・。

ついこの間まで、舌足らずに話すハナタレ小僧だったのに。

すっかり男の顔になっていた。


リリィは元気で可愛くて、おまけに優しいときてる。

男女ともに人気があるから、心配する気持ちは非常によくわかる。

俺も、気にかけておかんと―――


ギラリと光る4つのブラウンの瞳が脳裏に浮かんで、途端に背筋がゾクリと冷たくなる。


・・・二人に恨まれるのは、真っ平ごめんだぞ・・・。
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