魔王に甘いくちづけを【完】
カーテンの開けられた部屋の中は、灯りなど必要のないほどに、月明かりが差し込んでいた。

テラスに続く大きな窓が開け放たれ、外の景色が良く見えている。


月の光は時々雲に隠れながらも、辺りを柔らかな光で満たしていた。

照らされた木々の葉は夜風に揺れてつやつやと光り、遠くに見える水面はちらちらと光っていた。


夜風がさわさわとカーテンを揺らし、冷たい風がユリアの熱い頬に心地良く当たった。

ラヴルは、テラスの傍の大きなソファに、此方に背を向けて座っていた。

漆黒の髪が夜風にサラサラと揺れている。

後ろ姿からでも漂ってくる、近寄りがたいようなラヴルの威厳。



この方、ほんとうに何者なのかしら・・・声をかけるのも、怖い・・・。


ユリアは、ドキドキしている心臓を抑えるように胸の前で手を組み、勇気を出してソファの傍に近付いて行き、ラヴルの後ろの、ソファから少し離れたところに立った。


「あの・・・お湯、有難うございました。おかげで、すっかり疲れが取れました」


ラヴルは無言のまま、ずっと窓の外を眺めている。

ユリアは所在なく、そのままそこに立っていた。

言われるままに、部屋の中に入ったのは良いけど、これからどうしたらいいのか分からない。


「ユリア――――こっちに来い」


「え・・・?そちらに・・・ですか?」


ラヴルは此方を振り向きもせず、目線は窓の外をずっと見つめたまま。

声色はとても静かだけどよく響いていて、オークションの時に聞いたものと同じだった。



「あぁ、そうだ。こっちに来て、ここに座れ」


「はい・・・」



小さな声で返事をして、ソファの前に行ってラヴルをチラッと見た。

上着を脱いでタイを外し、リラックスした恰好で座り、片手にはワイングラスを持っていた。

緊張しながらオズオズとソファの隅に座ると、ワイングラスを脇のテーブルの上に置いて、肘かけに頬づえをついて脚を組んだ姿勢になった。

なんだか、不思議そうな顔をして此方を見ている。


「用意してあったドレスは、どれも気に入らなかったのか?」


「ぁ・・違います。そうではなくて・・・どのドレスも素敵過ぎて、私には身に余るものでしたので。私にはこれで十分です」



「そうか、ユリアは変わっているな・・・そこでは駄目だ。もっと近くに来い」
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