魔王に甘いくちづけを【完】
「貴方が・・・夢を・・・?」


『そうだ。我が心と体が見させる、心地好いものだ。未練を忘れさせてやる。・・・そのまま・・そうだ。いい子だ・・・来い』


「未練・・・」



セラヴィの声が心の中にある壁を浸食してとろとろに溶かしていく。



―――忘れる・・・私の、未練・・―――



そう、ね・・。

そうすれば、辛くないのかも・・・私の想いを手放せれば・・・。

心を無にできれば・・・。

セラヴィが、貴方が忘れさせてくれるの・・本当に・・・?



霞む景色が濡れて膜が出来、ゆらゆらと揺らぐ。

まるで今の心の中のように。



――来ない迎えを待つ辛さ。

刻みつけられたご主人様ラヴルへの想い。

ここにいる限りこの先もずっと続く寂しい孤独な日々。

この切ない感情から、セラヴィは解放してくれると言う。

テスタにいた時のように、無になって楽になれる?

でも――――本当に、忘れてしまっていいの―――?



視界がゆっくりと動いてセラヴィの漆黒の瞳と合わさり、見えない掌に瞳と頬を撫でられた。

穏やかに見える微笑みの向こうに天井があり、抱き上げられたことを知る。


紅く染まっていく漆黒の瞳。



・・・これを見ちゃ駄目。

逸らさないと。

しっかりしないと・・・。



そう思うのに、吸い寄せられるように定まってしまって逃げることが出来ない。

次第に周りが暗くなって、セラヴィの紅い双眸だけが大きくなった。




『貴女は、我が妃だ。分かるな』



ぼぉっとする頭に、重低音の声が木霊する。

それは耳から届いてるわけではなく、直接働きかけて来るようで塞いでも何をしても閉ざす術がない。



『他の誰のモノでもない。私の、妃だ』



「・・・妃?・・私が」



―――違う。

違うわ・・・私は、ラヴルの・・・。

ラヴルの・・何・・?

私は―――?




『そうだ。貴女は、私の、モノ。私の、妃だ』



セラヴィの双眸が強まった紅い光を放ちながらゆっくりと回り始める。

心の片隅から聞こえてくる「それを追うな」と。

分かってはいるけれど支配されかかった体は言うことをきかず、意に反して瞳を追いかけてしまう。

最初叫ぶようだった心の声はだんだんと小さくなり、ぷつん・・と途絶えた時には、視界全てが紅く染まっていた。



・・・私は、この方の・・モノ・・・



「・・・私は・・貴方の、妃・・・」



『愛しい妃よ・・さぁ、我が名を呼べ』




・・・貴方の、名前を・・・?



『その甘い声で、我が名を、呼べ』
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