魔王に甘いくちづけを【完】
それに、黒髪の姫を後継として指定したのは、ただ、稀だからではないんだわ。

反乱者を迎え撃てる破魔の力を持ってるからであって。

もしかしたら、贄というのは、語り継ぐ上での、便利な言葉の一つだったのかもしれない。


でも、私にもその破魔の力が――――?


てのひらを見つめてみる。

裏返しても斜めから見ても、そんなものちっとも感じない。

時代と共に必要ないものとなって、力の継承が無くなったのかしら?


ティアラは力を貸して欲しいようなことを言っていたけれど、私には、何もない。

いいのかしら―――



「ティアラ・・貴女は、幸せだったのですね?」



―――・・・正直、大変なことも沢山ありました。

ですが、私はとても幸せでした。

・・・この森は、この世界を創った際、彼が私のためにと、人の世から切り取って持ち込んだものなのです。

今も変わらずに、私の祖国の、人の世の自然の営みが香る場所です。

貴女も、ここにいると、心が癒されるでしょう?

私はこの森を魔の侵入から守り、あの時代、共に闘ってくれた狼族の子孫の国を守り恩を返すために、ここに存在し続けているのです・・・―――



ラッツィオの瑠璃の森。

以前ジークが言ってたっけ。



“瑠璃の森は不思議なところだぞ。俺達が住んでいいのかって、疑問に思う時がある程だ”



人と、狼族の繋がり。

この森のある意味。

ティアラが歴代妃たちをここに導く理由。


すべてが、ティアラの見せてくれたものの中にあった。


これを見て、どう感じてどのように処理をするかは、それぞれの心次第。



―――・・・誤解も多いですが、吸血族の王族は、心優しい殿方ばかりなのですよ・・・―――



いつの間にか、周りの景色が戻っていて、森の中の音が耳に届き始めていた。

目の前には、泉に浮かぶように佇むティアラの姿がある。



・・・心優しい・・・?

あの、セラヴィも・・・?


顔を思い出して、双眉を寄せてしまう。



―――・・・貴女は、記憶をなくしていると言いましたね。

今回の記憶を見せるため貴女の中に入り分かったことがあります・・・―――


「っ、それは、何でしょうか?私の名前に関することですか?」


―――・・・貴女には、真名を思い出せないように、何者かによって記憶の檻が作られているようです。

強力なもので、私にも覗き見ることは出来ませんでした・・・―――
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