魔王に甘いくちづけを【完】
ピタリと脚が止まった。

―――今・・・確か、ラヴルって聞こえたわ。

もしかして、この中にいるの・・・?


そぉっと中を覗き見てみた。

綺麗な女性が潤んだ瞳で男性を見上げている。

ユリアの方からは男性の広い背中しか見えない。

女性の真っ赤な艶っぽい唇が動くのが見えた。


「・・・ラヴル」



慌てて目をそらして一歩前に進んだ。

けど、それ以上脚が動かない。

何故か、体が固まったように動かなくなった。

聞こうと思ってないのに、耳が漏れ聞こえてくる声に集中してしまう。


「・・愛してる・・・・お願い・・・・・・」

「シンシア・・・・本当は・・・だろう・・・」

「でも・・・・お願い・・・ラヴル・・・」


途切れ途切れに聞こえてくる切なげな女性の声。

何かをしきりにお願いしている。

その後に、いつもの聞き覚えのある静かな声が、これも途切れ途切れに聞こえてくる。


それを聞いた途端、何故か脚が震え始めた。

いけないことを聞いてしまった気がする。

心臓がドキドキして、息が苦しくなっていく。



――これ以上ここにいたらダメ。

こんなの、聞いていたらいけない――


ユリアは耳を塞いで、震える脚を懸命に動かした。

気付かれないように、なるべく足音を立てないよう、その場をそっと離れた。


どうしてこんなに脚が震えるのか、どうして胸がこんなに苦しいのか、自分でもさっぱり分からない。


でも、あの場から少しでも早く離れたかった。


何故かしら・・・。


何故か、心が重く沈んでいく・・・。


ざわざわと心が騒いでいる。

こんなのおかしい・・・。




震える脚を何とか動かし続け、遠くに見える灯りに誘われるように、ふらふらと外に出た。

外では煌びやかな衣装を着た男女が楽しげに音楽に乗って踊っている。

ユリアはぼんやりと眺めながら階段を下りて行った。

頭の中にはさっきの会話の内容が何度も繰り返し再生されている。

全部を聞かなかったせいで、余計にあらぬ想像が頭の中を支配していく。


ぼんやりしていたせいか、ヒールの部分が階段の角にこつんと当たり、脚がガクンと崩れた。


あっ――と思った時はすでに遅く、体がゆっくりと階段の下に向かって倒れ込んでいった。


目の前に迫る芝生の生えた土。


ユリアは堪らずにぎゅっと目を瞑った。
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