魔王に甘いくちづけを【完】
怖くて声が震えてしまいそうになるのを、必死で隠して平気を装った。


「あの・・・すみません・・・オークションって何ですか?」


「お前は、今夜オークションに掛けられて、どこかの金持ちに売られる。お前のような者は珍しいからな。きっと金持ち連中が高い金を払うだろうさ」


むっすりとした顔のまま短く簡潔に答えたあと、男は獰猛に笑った。



――売られる・・・?

私が、オークションで・・・?

珍しいってどういうこと?

どうしてこんなことになってしまったの?



娘はショックのあまり、涙に濡れた瞳で男を見つめたまま動くことが出来なかった。

脚に繋がれた鎖が、前よりもずっと冷たく重く感じられた。

か弱い力ではこの状況を打開する術も思い浮かばない上に、自分が誰かも分からない。

娘は自分の運命を呪い、ただ泣くことしかできなかった。



「煩い、泣くな!」



男がイライラと貧乏ゆすりをしながら言った。

部屋の中に娘のすすり泣く声と、男のイライラとしたため息だけが響いた。

暫くするとドアが細く開けられ、別の男の声が聞こえてきた。



「おい、そろそろ支度しろ。出かけるそうだ」



「あぁ、分かった。おい、行くぞ」


「嫌・・・っ!やめて!」


伸びてくる男の手を振り払い抵抗するのも空しく、娘は腕を掴まれ、手を背中にぐっと回されて縛られた。

男はポケットから鍵を取り出し、娘の脚の鎖を外し、その代わりに口と目に布を巻き、娘の体を軽々と担ぎあげた。


「んーーーっ!んんんっ」


「この――――大人しくしろ!!」



何とか降りようと暴れる体と脚をがっしりと押さえつけ、男は部屋の外に出た。

外にはすでに馬車が用意されていて、男たちが娘の体をニヤニヤと笑いながら眺めた。



「こりゃぁ、今夜は大儲けが出来そうだな」


「あぁ、こんな上玉だ。きっと高値で売れる」


「そりゃそうと、お前この娘に手を出してないだろうな?」


「俺は商品に手は出さねぇよ」


「おい、時間だ。行くぞ」



男は馬車の中に娘を押し込み、自分も一緒に乗り込んだ。
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