魔王に甘いくちづけを【完】
心に浮かぶのはユリアの姿。

長い黒髪を風になびかせ佇む姿。

こうして思い浮かべるだけで、王宮で騒いだ心が落ち着く。

今宵は少し疲れた。

早く休み、明日一番にルミナに行かなければ。

あのとき腕にそっと置かれた手。

此方を見つめる瞳が“寂しい”と言っていた。

早く顔を見せねば。

きっと、可愛い笑顔を見せてくれるはずだ。

思うと自然に口角が緩んで、心が穏やかになる。




寝室のドアを開けた穏やかなラヴルの表情が、スゥと変わった。

瞳に影が差し眉間に、しわが寄せられていく。


壁に背を預け、腕を組んで奥を睨みつけた。



「そこで何をしている」





「あ・・・私は、執事様に、今宵のラヴル様の伽を命じられました・・・サミュと申します」


ベッドの上に、座っているのは赤毛の若い娘。

透けるように薄い布で作られた夜着のみ身に纏っている。

頬を染め、綺麗なブルーの瞳に初々しい色香を込め、嬉しそうにラヴルを見つめている。


選び抜かれた娘なのだろう、その姿はとても愛らしい。

普通の者ならすぐに食指が動くだろう。


ラヴルはスタスタとベッドの脇に歩み寄った。

透けるような夜着。深く開いた襟ぐりから少し豊かな胸の谷間が垣間見える。


漆黒の瞳がサミュを見つめ、大きな手がむき出しの細い肩にスッと置かれた。




サミュは体をピクッと震わせ、瞳をそっと閉じた。


・・・初めてだけど、覚悟は出来ている。

ラヴル様の伽をするのが夢だったんだもの・・・。

たった一度だけでも、これっきりでも、それでも良いの。

憧れのラヴル様・・・私、幸せ・・・。


ドキドキしながら次に触れられる手を待っていると、予想もしなかった言葉が上から降ってきた。




「伽は必要ない」



目を見開き、ラヴルの顔を見上げた。

何の感情も持たない、冷たい漆黒の瞳がサミュを見下ろしていた。



「ですが、執事様がラヴル様のお疲れを癒すようにと・・・」

「必要ない、と言っている。こちらでは伽をとるつもりはない。去れ」


「でも・・・私、夢だったのです。ラヴル様の伽が・・・ですから―――」


「聞こえないのか?去れと言っている」



ラヴルは一向に動く気配のないサミュに痺れを切らし、上着を掛け、無理矢理ベッドから下ろして部屋から押し出した。

執事に一言言わなければいけない。



「そこの者、バトラーを呼べ―――」
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