vioce《密フェチ》


人より聴覚が発達しているのだろうか?


あたしは、声に弱い。


過去に付き合った男性も皆、声が良かった。


「ここのライン、太くして」


夜のオフィスで、あたしは同僚と残業していた。


明日の会議の資料作り。


二人きり――


どこが冴えない、たまに寝癖でおかしな髪型のまま、出社してくる同僚。


気に止めたことなど、一度もなかった。


ううん。


バカにさえしている。


なのに――


今、あたしの胸は忙しなく拍動していた。


「ここの表、もう少し縮めた方がいいかな」


低音で少し渋い、甘い声。


入社して一年。他の同期たちとたまに一緒にランチをするだけの関係――


声なんて、毎日聞いていたのに、なぜ今まで、気付かなかったんだろう?


こんな甘い声をしていたこと――。


「あ、よくなった」


無邪気に笑って動く喉仏


唇の間に見え隠れる紅い舌――


『気持ちいい?』


言われてみたい。


『感じる?』


その舌で


『凄いよ、ここ』


淫らな


『触ってもいい?』


言葉を――。


「見て」


ほら、また


さっきから心臓のざわめきが治まらない。


と。


「葛城(かつらぎ)さん?」


相当呆けた顔でもしていたのか、いきなり名前を呼ばれ、派手に身体が震えてしまった。


「えっ? あ、うん……」


しどろもどろに目を泳がせながらそう答え、あたしは思わず彼から目を逸らした。


「き、休憩しよっか」


頬が紅潮してゆくのが、自分で判る。


背中に嫌な汗が伝う。


心臓がまるで、肩のすぐ下まで、膨張したみたい。


すると


「ドキドキしてる?」


いきなり彼が、後ろからあたしを抱きしめ、そう訊いた。


「“したい”って顔、してたよ」


腰から力が抜けてゆく。


耳朶にかかる息。


そして甘い声。


「葛城」


名字だけど、名前を初めて呼び捨てにされ、もう、白旗をあげるしかなくなった。


「抱くけど、いい?」


狂わされる。


何もかもがもう、判らなくなる。


「狂わせて、その、声で……」


聞かせて。


もっと、もっと――。




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