天使の舞―前編―【完】
自分を睨む乃莉子を、冷静な瞳で見つめ返し、彼方はゆっくりと口を開く。


「本当は名前なんて、どうでもいい話なんだ。」


「えっ?」


あんなに名前にこだわっていたのにと、乃莉子は驚いた。


「俺に名前を付けた自覚、ないんだろう。
彼方じゃなくて俺の事は、アマネと呼んで構わない。」


「そ・・・そうなの?」


「お互いが愛し合っていれば、何も問題ない。
人間と悪魔だ。
より確かに繋がるために、互いに呼ぶ名を与える事で、お互いを縛る。
名前の契約は、足枷を付ける行為にすぎない。
古よりの、馬鹿げたしきたりだ。」


どこか悲しげに乃莉子に語る彼方を、少し観察するように眺めてから、乃莉子は答えた。


「理由がどうであろうと私…あなたの事は、愛せないわ。」


彼方は不思議そうに、眼鏡の奥の瞳を揺らす。


「何故?
キャスの存在があるからか?」

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