月夜の翡翠と貴方


古びた椅子が、ギシ、と音が鳴らした。

「…婚約してるのは、知ってる」

ルトが答えると、セルシアが「それなら話が早いです」と小さく笑った。


「…私、嫌なのです」


そう言った唇は、何故か自嘲気味に薄く微笑まれていた。


「…嫌って…婚約が?」

「はい」


ルトが、難しい顔をする。

婚約が嫌…だから、何処か遠くへ連れて行ってくれ、と?

さすがのルトも、そこまでお人よしではない。


「…なんで、嫌なの?」


ルトが訊くと、セルシアは眉を下げ、目を伏せた。


「…….お相手の方とは、幼い頃お会いしたことがあるだけで、ほとんどお互いに何も知らないんです」


……貴族間の婚約なんて、そんなものだ。

そう言おうとして、やめた。

セルシアもきっと、それが当たり前であることをわかっている。

だから、逃げるのだ。

抵抗しても、抗えないことだから。



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