遊びじゃない

タクシーの後部座席に丸くなって沈んでいくように俯く私に、運転手さんは気遣うように「着きましたよ」と優しく言ってくれる。

そんな些細な優しささえ涙が出そうなくらい心に響く私は、相当参っていたようで。


丁寧にお礼を言ってノロノロとだるい体を引きずりあげるようにタクシーを降りて、見なれたいつもの階段が富士山登頂くらいの難所に思えて軽くため息をつく。

いつもはどんなに酔っ払っていても使うことない手すりにもたれかかる様に時間をかけて部屋に辿り着く。

奥まで入らずにそのままお風呂場に直行して、ぐちゃぐちゃに身に付けた衣服をまた剥ぎ取る。

鏡に映った珍しくもない自分の裸をまじまじと見つめ、彼の痕がただの一つも残ってないことに、またため息が口から零れた。


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