君の知らない空


「あのさ、前にも話したけど……あんまり詳しく言えないから、黙って聞いてくれる?」


じっと私の目を見てる桂一の顔は、先週の金曜日に見た時と同じ。
私が頷くのを確かめて、桂一がゆっくりと話し始める。さっきよりも声を殺して。


「俺の会社の関連会社が、この辺りの企業の乗っ取りを検討してるらしいんだ」


意味が分からなかった。
だって、聞いたことのない言葉。
乗っ取り……って何?


「ごめん、意味が分からない。それって何のこと?」


私の会社なんて小さな会社。
月見ヶ丘の浜手にあるT重工に資材や部品、計器等を調達している。T重工は産業用機械や発電機器を製造している大企業だから、安定した取引がある小さな会社でも安泰でいられる。


「本当の目的はT重工だけど、さすがにT重工は乗っ取れるわけない。だから、T重工と取引がある企業を狙っているらしい」


会社で江藤と話したことを思い出した。
最近、いや今年に入ってから部長や課長クラスの入れ替わりが激しい。
総務部長、秘書課の課長、システム部長、調達部長、調達課長、経理部……これも桂一の話している乗っ取りに関係あるのだろうか。


「私の会社みたいな小さな会社でも、乗っ取られることがあるの?」


速くなる鼓動を抑えるように、ゆっくりと訊ねた。それでも込み上げてくる嫌な予感が胸を締め付ける。


「あるよ、会社の規模も大事だけど、業務内容も重要だから。T重工みたいな大企業と安定した取引のある会社ならなおさら」


それはまさに、私の会社だと言っているように聞こえた。


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