君の知らない空


「ダメですよ、また野宿する気ですか?」

「いや、野宿したかったんじゃない。あんなの初めてだよ」


先輩は、ニヤリと笑う。


覚えてないって、いつのこと?
私はそこに引っかかる。


「ほら、そんな事言うから彼女が変な目で見てる、なあ?」


と言われたら、とりあえず頷くしかない。


「先輩、酔い潰れて路上で一晩寝てたんだよ。一昨日、夕霧駅の高架下で」


先輩に促されて桂一が話したのは、そうであってほしいと願っていた通りの顛末だった。


「しかし、本当に覚えてないもんなぁ……大月に夕霧駅で降ろしてもらった後がサッパリ思い出せない」

「財布とかスられなかったのは、自転車の陰で寝てたからですよ。たまたま運がよかっただけですから」


あの時、先輩からは酷い酒の臭いがしていたから、酔っ払っていたのは本当なんだろう。記憶が飛ぶほど泥酔していたのか。


その後、運ばれた料理を先輩は黙々と食べ始めた。一昨日の事には一切触れない。


でも、居心地は悪い。


「そういえば、君の会社の人が亡くなったらしいけど。その人、この前の月見ヶ丘の火事に関わってたらしいよ」


店内を軽く見回して、先輩が声を潜める。亡くなった会社の人とは課長のことに違いない。


私と同じくらい桂一も驚いている。
どうして、そんな事を知ってるの?


「ソイツが綾瀬さんを狙って起こした火事らしい。君の会社は複雑らしいね、乗っ取りの標的なんだって?」


テーブルに身を乗り出す先輩の話を、私と桂一は黙って聞いているだけ。


「綾瀬さんの敵が、君の会社を乗っ取るために部下を重役に入れ替えた。その一部を綾瀬さんが買収したんだ。敵の邪魔するために」


父の部下の裏切りというのは、綾瀬が買収した部下ということだったのか。それで、父は身を隠したのかもしれない。


でも、疑問ばかりが湧き上がる。


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